by jun | 2019/03/04

1980年に出版されたAllan Zola Kronzek によるThe Secrets of Alkazarの日本語版。
Allan Zola Kronzekの最新刊であるArtful Deceptionsを読んで、演出は面白いけど痒いところに手が届かない感じがあり、入門書である本書だったら孫の手でポリポリいけるかもと思って読んだらその通りの感じでした。
とても良い本だと思います。


本当に何も知らなくても読み始められる本で、各章ごとにテーマが設けられていてそのテーマに相応しいマジックが紹介されています。
ミスディレクションの章では塩ビンの貫通、セリフの章ではロープの復活、自然さの章ではコインスルーザテーブルといった感じで扱う素材も多く、演出も多彩なので作品数は少なくても色んなマジックを覚えた感があって良いです。

一つの手順を演じるためのハンドリングの解説はもちろん、何故このマジックが不思議に見えるのかというのが読み進めるにしたがってわかっていく構成で、本で学ぶ時によくある「こんなものが不思議に見えるはずがない」というような事態にもなりにくいと思います。
マニア向けの本だとそういうとこは控えめに語られがちだったりしますし、クラシックの巧妙さを再確認できて良いです。
細かい注意点などはアフターノートにまとめられていて読みにくかったりくどいような印象もありません。

演出についても絶妙で、現象が起きた時に観客が信じられるようなセリフの中で原理を隠蔽するものに絞られているのも入門書には良いバランスです。
カードを擬人化したようなものなど、演出のための演出や演者自身が信じれないようなセリフも抑えられています。
「これは子供には受けるけど大人にはちょっと」みたいな感じで注釈がついてるものもあって、ある程度自分用に寄せて考えさせる作りも説教くさくなくて楽しいです。

あと、解説中のセリフがアラカザールさんの言葉で「これが、お前さんの選んだトランプじゃ」みたいなじいちゃん喋りになってて、これをそのまま言うわけじゃないというのがわかりやすいのも良いところだったりします。
セリフパートが素っ気ない言葉で書かれてるより意識的に自分の言葉に直そうという気になるから変な敬語で進行する手品になりにくいはずですし、見た目がロードオブザリングのガンダルフとかハリーポッターのダンブルドアみたいな感じの人はそのまま言えば最強になれると思います。
「セリフ」の章で扱われるロープの復活の中では黙ることによる効果などについても語られていて、こういうところは経験値に関わらず演技を考え直すきっかけになるんじゃないでしょうか。

手順も間違いない感じのチョイスで、カードマジックはロケーションの演出のバリエーションがメイン。
Do us I Doの見せ方はArtful Deceptionsで解説されてたのと基本的には同じものなので結構Allan色も入ってそう。
非常に安全でインパクトの強いカードインオレンジも解説されています。

コインスルーザテーブルは原理を隠す原理がとてもわかりやすい手順になっていて、地味扱いされがちな現象ですがコインの面白さが端的に伺えました。
練習方法についても丁寧で、ここだけ練習時間について言及があってコインの世界の厳しさを伝えてるのも良いです。

入門書としては練習しにくい作品が多いのはやや難点でしょうか。
消耗品を使うロープの復活やカードインオレンジは反復しづらいですし、観客の手に印が映るやつや助手を使ったイリュージョンあたりは一人でどうにもできません。
観客の前で演じることでしか経験が積めないってのはどんなマジックでもそうですが、ハンドリングの部分は十分やっておきたいです。

トリック以外の基礎に関しては十分だと思いつつも、もう少し細かい演技論も期待してしまいました。
さすがに入門書では突っ込みきれない部分でしょうし、一般化しすぎないところが良いところではあります。
結局やってみて自分に合う方法を探すしかないのは真実だったりしますが、日本語版の前書きには「私たちの目標は、小説家や映画監督たちとまったく同じです」と書かれていて、お話作りや役者の演技にもメソッドがあるように手品の入門書にもとりあえず型にはめる理屈が書かれてるのが理想なんじゃないかと思いました。

でもたぶん日本語で書かれてて入手しやすい入門書の中ではかなり良い本で、各章で取り上げられてるテーマを理解しつつ通して読めば手品ならではの嘘の作り方が掴めるはずです。
カードだったらここからカードマジック入門事典やラリージェニングスのカードマジック入門に行くのがベストかなと。
今からだと映像もついたデアゴスティーニが最良の入門になるかもしれないですね。
というかこの本、本屋にデアゴスティーニ買いにいくついでに買う予定が肝心のデアゴスティーニ買い忘れてて手品の基本であるミスディレクションを学ぶことができました。

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