by jun | 2021/12/31

例年通り良い手品はないか良い手品はないかと探し回った一年になったわけですが、今年は良い手品とは何かについて考える作品に恵まれた年だったように思います。
沼系の趣味は結局いかに自分の好みを明確に出来るかどうかの戦いなので、底なしでも確実に沈んでる実感を得られるのは良いもんです。
そんで良い手品をたくさん見ると底がわかったつもりになってきますが、自分は何も手品の事をわかってないし考えようともしてないということを突きつけられる事があり、今年はそういう本もたくさん読めましたんで、特にこれはという4冊を紹介して2021年を終わろうと思います。

Inside Out (Benjamin Earl)

好きなマジシャンなのでどうしても期待する方向性も出てきて、最近のは正直ピンと来ない物の方が多かったけど、期待してた物とは別の角度から凄い傑作が来た感じ。
ベンジャミンアールのなんとなくのかっこよさイメージはあると思いますが、技法とか見た目じゃなくなんか良い雰囲気みたいなのが文章で表現されていて、このプレゼンテーションに対する考え方にはかなり影響されました。
この通りに演じれば誰でも上手くいくというもんではないけど、現象を効果的にデカく見せるための演出とそのためのシンプルな手順の作り方はめっちゃ勉強になります。
特に観客のインタラクションについては、それを強化するための流れの作り方が上手く、他の手順にセリフだけ付け足してもしっくり来ないんのではないかという絶妙さがありました。
あと近年の手品は全体的にサービス過剰なのが多い気がしていて、この本のワンパンで決めたるぜというLess is Moreな志がとても粋に感じたというのもあります。
ベンジャミンアールのまとまった作品集は久々なので、今の俺はこういうことがやりたいんやって意図がわかりやすくなったこともあり、近作を振り返る面白さもありました。

この本の感想は前に書きましたが、緑の蔵書票のレビューが本当に素晴らしいので是非読んで興味を持っていただければと思います。

緑の蔵書票: “Inside Out” Benjamin Earl

カード当てのある生活(佐藤水城)

手品マニアを騙すことを目的とした2つのカード当ての手順を通して、不思議とは何かということに迫った凄い本です。
動作ごとに手法の取捨選択を事細かに解説するスタイルが非常に良く、隅から隅まで観客にどういう印象を与えたいかという事が考え抜かれています。
そういう本なので創作したい人はもちろん、手順を分析する力が付くので手品演じる人みんな読むべき一冊。
手順を分析するということはその手順の強みやセリフや動作の意味を知ることで、それはプレゼンテーションにも繋がって来ることなのでより効果的に見せるために必要な作業です。
本書で扱われてるのはマニアックなカード当てであり、手法を特定させないだけでなく自然な動きの中でこれ見よがしでなくあらゆる可能性が否定されます。
カードを知る方法や当て方に必要な作業など、観客にセリフでなく伝わる意味があるので無駄もありません。
特に”LEFT”は演出も優れているトリックですが、あくまで不思議さ自体の面白さを引き立てる見せ方になってるのが素敵です。
このようなウェルメイドな手順をどういう理屈で作っているかが豊富な参考資料と共に語られています。
各種セオリーの解釈と実用例があるわけでセオリーのガイドとしても絶品ですし、引用だけでなく作者の主張も強いので更に面白いです。
特に手品の肝であるところの不可能性周りの話については、これについてどれだけ考えたかどうかで差が出る内容だと思います。
個人的には手品への触れ方が大きく変わるきっかけとなったかなり重要な一冊。

Sleights & Insights (John Carney)

待望のジョンカーニー新刊。
スタンドアップ中心で、ユニークなクラシックへのアプローチが見られて大変良かったです。
特に”Gypsy-Rewired”というジプシースレッドの手順がマジで素晴らしく、糸が復活するプロットはそのままに、超素敵な演出で生まれ変わっています。トリック単位だったら今年ベストはこれかも。
他にもお箸を使うカードソードがあったり、新しい見せ方とそれに合った手法がセットで進化してる感じはおもろいです。
カードは消したり移動したりと強めの手順で、CarneycopiaでいうところのBullet Trainとかあの辺的な流れでスライトパワーを活かせる良さがあります。オープントラベラーのバリエーションは、ジェニングス含め似たような方法はいくつかありますけども、一つの工夫によってかなり良いバージョンになってるんではないかと。
理論や練習についてなどのエッセイなども簡潔で力強い説得力ある文章が並んでいますし、手順も明確な意図がわかる文章構成になっています。

ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険 (Florian Severin, 岡田浩之 訳)

面白いの一語につきました。
これだけ文章で楽しませてくれる手品の本は今後もそうそう出ないんじゃないでしょうか。
手順や理論の考察は非常に高度かつ斬新で難しすぎる内容になってもおかしくないもんですが、全ての観客を楽しませる工夫に満ちた手順と同じように読者へのサービスも満点で納得度も高いです。
真摯で知的でふざけてて、文章から著者の魅力が滲み出ています。
手順はどれも見た目のユニークさ以上に型の当たり前を見直すようなテーマがあり、スクラップアンドビルドな刺激に満ちていました。
かなり幅広い参考資料は読んだ事ないやつ読みたくなるのはもちろん、あの本をそういう角度で読むのかという紹介の仕方もあったりして、この本きっかけの読書はめちゃ楽しいです。ポップカルチャーからの引用とかも粋。
いやでもエンターテイナーとしての姿勢がマジで凄くて、聞きかじったような理論に甘える人を刺す文章もちらほらあり耳が痛うございました。この本から学ぶべきはここですね。手品で人を楽しませるとはどういうことかっていう。
装丁含む日本語化のクウォリティも異常で、日本語にする手品の本としてはベリーハードモードだと思うんですけど見事に雰囲気が作られてます。
すいすい読めない英語版だとここまでの面白さは感じられなかったので、最高の日本語版が読めて本当に良かった。

おまけ

最近たまたま幸田露伴の「将棋のたのしみ」という随筆を読みました。
幸田露伴は将棋や囲碁の研究文も結構書いてて、この「将棋のたのしみ」は趣味としての将棋に焦点を当てた文です。将棋を指す人にも色んなレベルがあって勝ち負けじゃなく己の向上を楽しむべきで、楽しみ方はその人のレベルによって変わってくるというようなことが書かれています。まあ当たり前といえば当たり前なことですが、良い本を読んだり良い手品を見ると、俺が手品やってる意味って…となったりするので結構刺さり度の高い一作でした。

というわけで来年もこつこつやっていきたいと思います。まずはどうせ達成できない今年の目標とやらを立てないことから始めましょう。
良いお年を。

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