by jun | 2018/07/25

2003年に発売された松田道弘さん5冊目の作品集。
2003年にもなると現代感ありますね。
コンセプトやプロット自体は今までと変わりませんが、前作の発売以降、松田さんのマジックに対する考え方が変わったということがあとがきに書かれています。

私自身のカードマジックに対する考え方もここ一二年で大きく変わってきました。以前はマニアにもそのタネがわからないような巧緻な作品をつくりあげるのがひとつの目標でした。必然的に手順が複雑化し長くなるのもやむをえません。短編だとどうしても他人のアイディアとぶつかる危険性が多すぎるからです。
 いま考えているのは手つづきは必ずしも簡単でなくても、客からみた現象の簡明な作品の創造です。

ざっくり言うとわかりやすいインパクトのあるオチがあって、手法的にはマニアを騙す方向にいきすぎず、全体的な見た目をシンプルにするという感じでしょうか。

オープナー

「私のエースオープナー」はカッティングエーセスで3枚まで出して最後1枚は観客にストップを言ってもらうパターン。
最近だとジョセフバリーが似たようなことやってますし、テーブル上でのカッティングエーセスはベンジャミンアールのリアルエースカッティングや、ジャスティンハイアムの手順など、イギリスのあの一派が色々やってて最近興味あるジャンルなので、松田さんの手順も読み返すと面白かったです。
3枚目までもフラリッシュ的にはならず、「カットしたところからエースが出てくる」というリアル方向で素敵ですし、リズミカルに出すので最後のフォースも引っかかりなくできると思います。

もう一つ「エースとキングとクイーンの同時出現」なるてんこ盛りのスペクターカットトゥエースのバリエーションが解説されていて、これは「エースとキングの同時出現」のセルフ改案的なものですが、今作は全部トップから出てくるので3段落ちがあんまり効いてない気がします。
「エースとキングの同時出現」ではキングはボトムに綺麗に揃っていて、見た目もすっきりしていたので、個人的にはそっちの方が好みです、

ジェミニ・プリンシプルの活用

「ジェミニ・ツインズの改案」はジェミニツインズにテクニックを取り入れたもので、松田さんは「すでにできあがってるものをこわしてるような罪の意識がつきまといますが…。」と前置きしてますが、個人的には全然ありです。
具体的には2枚目のカードを好きなところに差し込んでもらえるようになってて、怪しい動きはないので普通に成立します。
2枚のカードを別の方法で差し込むことが逆にノイズにならないように演じさえできればフリーチョイス感をより強調できるのではないでしょうか。

ジェミニツインズのオチにカラーチェンジがくっついた「カラーチェンジング・ジェミニ」は、インパクトだけ考えるなら手法的にはジェミニツインズを流用できるブランクオチでよくねって気もしますが、その後手品続ける場合はカラーチェンジの方がいいってことなんですかね。
これは観客の操作に制限出ますし、ちょっと原案のすっきり感を消してるように思います。

リセット2題

「ビル・マローンのリセットを私風に改案する」では、ビルマローンの原案よりエースとキングのパケットがわかりやすくなって説得力が高まってます。

こじらせ感があるのは「リセットの変則的クライマックス」で、最後にキングのパケットが全部ジョーカーに変わるおまけがクライマックス。
確かにラストAとKのパケットを接近させるのはリセットの課題ではあるのですが、ジョーカーに変わるというのが「客からみた現象の簡明な作品の創造」となってるかどうかはよくわかりません。
AのパケットにKを混ぜて隠してただけと思われやすい気もしますし、リセットとはなんぞやという事を考え込んでしまう作品でした。

サカー・トリックのダブル・ブラフ

「マッチング・ザ・カーズ」もセルフリメイクです。
リメイク前の現象は、選ばれたカードと同じ数字の3枚を出すも失敗、3枚を再び見ると変わってるというサッカートリックでした。
今回は3枚変わるところがビジュアルになっていて、セットが覚えやすくなってます。
ただ、マニアに向けて何かしたように見えるサカームーブが取り入れられてて、「客からみた現象の簡明な作品の創造」からは離れてしまってるように見えます。
サカームーブで誘導する技法もマニアックであるために、なかなかやらしい感じです。

「私のダンバリーデリュージョン」はシンプルにする方向としてはよくて、しつこすぎないことで事故を防ぎやすいですし、セカンドディールは使わず、くどすぎないさっぱりした味わいです。

単純化を目指して

この本のコンセプト的にはキーになる章です。

「ダイエット・デビリッシュ」はデビリッシュミラクルの改案で、カード選択を1枚にすることでキックバック的な部分のインパクトを高めています。
カードが裏向きになり、カードが消えて移動するという流れなのですが、デビリッシュミラクルをシンプルにしたというよりビドルトリックに余計なものがついた感があって、この件は松田さんも自嘲気味に書かれていました。

「モンキー・イン・ザ・ミドルの改案」はあれを使わずに色違いのサンドイッチカード2枚を使ってモンキーインザミドルっぽいことをします。
セットやコントロール的にはモンキーインザミドルと同じことをしないといけませんし、どうせ色違いのカード出すならあれ使った方が楽なのではというなかなか難しい作品です。

マクドナルドのふたつの傑作

マクドナルドエーセスしか知りませんでしたが、「セブン・カード・モンテ」もマクドナルドさん作なのですね。
7枚のカードの中に当たりを1枚入れて、当たりを含む3枚のカードを裏返して、当たりのカードが消えてデックの中から表向きで出てくるという現象です。
消えて出てくるの繰り返しで、移動があるからモンテでも勝負感が出ないのが良いとこです。
モンテ部分はどうせ裏向きの3枚になるので他のカードなんなんって気はしますが、そこは頑張りましょう。

「マクドナルドのニューメニュー」はマクドナルドエーセスの改案。
原理が超クールなので、どういじっても大惨事にはなりにくい作品なので安心して読めます。
松田さんの改案はディスプレイからスイッチまでが説得力高くてスムーズ。
チェンジにはアッシャーツイストが取り入れられてて現代カードマジックのテクニック感あります。
リセットまで考えられていて優しい作品でした。

カニバル・カードの時代

松田さんはいつでもカニバルカードの時代を生きておりますが、今回は「裏の中に表向きに差し込みたい!」という願望がおありのようです。

「フェイク・カードを使ったカニバル・カード・ルーティーン」は3段のカニバルカードで、表向きに裏向き1枚差して消える、裏向きに表向き1枚入れて消える、表向きに裏向き3枚入れて消えるの構成。

フェイクカード使うことで手順はスマートになりますが、3段目は技法もごりごりでなかなかのハードコア作品です。

「手つづきは必ずしも簡単でなくても、客からみた現象の簡明な作品の創造」という意味では一番そういう味が出ていると言えるかもしれません。

オイル・アンド・ウォーターの新研究

松田さんのオイルアンドウォーター解説前の前置きはいつも面白いですが、今回もキレキレです。

これは私がつくったなぞなぞです。
「中世に発明されていまだに続いてる拷問は?」
こたえ「フォア・エース・トリック」

フォア・エース・トリックはこれまで何人の観客に精神的苦痛を与えてきたことでしょうか。
1940年代に発明された「オイル・アンド・ウォーター」という比較的新しいカードルーティーンもフォア・エース・トリックと並ぶ拷問のひとつでしょう。なにしろこの手順は上演時間がずっと長いのです。
私は最近(2000年頃)、伝統の拷問道具「オイル・アンド・ウォーター」に私なりの工夫をつけくわえた手順をまたひとつ作り上げました。

「オートマティック・オイル・アンド・ウォーター」は4・4の分かれる混ざる分かれるの3段で、現代カードマジックのアイディアと同じ構成になります。

今作は1段目の分離が4枚ずつに分ける形式で、そこがあまり好きではないのですが、そうすることでその先がオートマティックっぽくなるのが面白いです。
オートマティックの中にサトルティを入れることで、混ざったり分かれたりを瞬時に示せるのが良いですね。

エースのプロブレム

拷問器具としてお馴染みのフォア・エース。
更にスローモーション・フォア・エースはやばいそうで、こんなジョークを飛ばしておられます。

地獄ではスローモーション・フォア・エーセスのバリエーションを全部みなければならぬ

「スローモーション・フォア・エーセスの地獄」は手順自体もスローになりがちなプロットのテンポアップを図った作品。
フォーメーションは表向きで煩わしくなく、エキストラなしというピュアリスト大喜びのクリーンなスタートですが、手法はパーム無し制限が取っ払われたバーリトゥードでマジ地獄です。

ボーナス・チャプター

「小野坂東のひっくりキング」と「ツイスター・プリンシプルの新原理」という松田さんのツイスト現象からのバックカラーチェンジについて。
この本には付録でトリックカードがついていて、質的にはいつもの東京堂出版クウォリティなのですけど、デザインは面白かったり綺麗だったりします。
ひっくりキングはプロット的にも面白いですし、色々考えたくなりました。
松田さんの手順や考え方って既存のギミックカードよりもこういうオリジナリティあるトリックカードを活かせそうなのが多いですよね。

この後はギミックカードを使った手品メインの作品集が続くわけですけども、今から思えばその境目的な苦慮の跡がかなり見える感じの本でした。
文章でもかなり作品の欠点に意識的で、謙遜に取れることもあれば、小さくない問題であるものも多いです。
クライマックスに重きが置かれすぎていて元ネタの良さが失われてしまってる一連の作品は、プロブレム大好きな松田さんが自ら新たなプロブレムを作っていくマッチポンプぶりを楽しめます。
手品観の変化については文字通り受け取れるものではありませんし、色んなところで松田リテラシーが必要とされる一冊です。
各作品狙いは明らかにされてるので、そこが気に入って更に関連作や現代のテクニックを掘って自分好みにしていくという楽しみ方ができれば長いこと遊べる本だと思います。

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