by jun | 2019/09/05

著者のこざわまさゆきさんに献本していただきました。重ね重ね御礼申し上げます。
GumroadとLybrary.comで電子版が先行で発表され、フィジカル版はマジックマーケット2019で発売という流れのようで、今はMAJIONでも取り扱いがあります。

こざわさんは前著ten little tricksでクラシックなプロットや原理に変わった演出を付けて細かいハンドリングも超それ用にするみたいな作品を発表されていましたが、本書はそれを更に押し進めて精度も高まった一冊になってます。
演出はもうそれがベストなんじゃないかと思えるほどの説得力があり、豊富な知識と徹底した調査を活かした細部の詰めもぬかりなくどの作品も凄まじい完成度で、いわゆる賢い解決というだけでなく観客が持つ印象を決定的に変えてるのが凄みです。
現象、アイデア、原理、演出と、作品ごとによって面白さが異なってるのも特徴なので、一作品ずつ感想書いていきます。

With or Without the Hole

穴の手品です。
こういう何を言ってるかはわからないけど起こったことから考えたらそう言わざるを得ないみたいな手品があって、パッと連想したのはジョンバノンのCoins Across The Waterの演出。コインがとんでもない距離を移動する手品で観客に意味を考えさせるタイミングやトンチぶりが違うので別物ではありますが、現象の強烈さ故に信憑性が出てくるような面白さは共通してるかと思います。
穴は現象がビジュアルだし観客のわだかまりを解消するような形で事が起こるのでカタルシスも強いです。
「奇術への不条理の導入」というコラムでそこらへんの構造について詳しく語られていてとても興味深く読みました。
脚本とか物語の作り方にも通ずる人はどういう状態からどう変化したらどう感じるのかみたいな話に、あえて引っかかりを与えたらどうなるかという事が手品を例に論じられていて、セリフと演技の流れを考える参考にもなるし手品の強みもはっきりする資料になっています。

Sympathetic Twist

Twisting the Acesをシンパセティック現象にした一作で、見せ方を変えることで現象が伝わりやすくなる教科書みたいな手順です。
特に原案の最初の2枚って見た目変化感が強くて向きが変わったという印象がブレやすく見せ方が難しいんで、こう1枚ずつ丁寧に見せれるのは良いし最初だけひっくり返ったのを元に戻す動きがない問題も解決してると思います。ここのセリフの細かい言い回しに気を配られてるのもさすがという感じ。
同調っていうのがマジカルジェスチャー的な現象が起こる理由の説得力としても強くて、影響と言い換えても良いかもしれませんが原因と結果が目に見えてとにかく魅力的。
個人的にも同調現象で考えてるやつあるのでとても参考になりました。

テーブル使うからなんとなく現象が大きくなったように見えるのも良いところで、テーブル上にあるカードのおかげでみんなが気になるあの動きも解消する素敵仕様。
最初のあの動きと3枚目のあの動きにも工夫があり、オチの前振りもオチの見せ方も決まってます。
原案の手軽に出来るという良さはなくなってますが、そこにこだわる手品でもないしこれだけ良いことあればどうでも良い話かなと。

Full Lineup

ニックトロストのLineupのフルデックバージョン。
セットは必要ですがほぼセルフワーキングでカードはこれだけやれば良いってぐらい強烈な現象です。
この本の中で一番原理的に面白い手順でもあり、元の原理知っててもそれでいけんのかと感動しました。
間違えたりするリスクがないぐらい覚えることも簡単で、セリフ例や現象の示し方も気が効いていて退屈な部分がなくとても良い手順です。
記憶術という演出に特化したセリフと手順ですが、これも同調現象と相性良いかもしれません。同調現象のクラシックであるあれの改案のあれのあれをすれば最後の操作が済むし悪くない気がします。
記憶術演出だと現象起こる時点で途中の手続きに全部意味が付くのが良いんで、演出変えるならそれ用に色々やり方変える必要ありそう。
色んな可能性を感じるおもろい原理と手順でした。

Electric Prophet

単体でも発売されている観客が予言をする手品。
最初に書いたものが実はみたいな、なんかデスノートにこういうのありましたよね。よくわからん紙に名前書かされて書いたら死んだみたいなやつ。

これ見せ方によっては元ネタのそれより当たり前のことでは感が出てしまうと思うんですが、操作はすっきりもしてるしちゃんと原理を隠蔽できる手順でめちゃくちゃ巧妙です。
道具立てのおもろさが引きになって何かが有耶無耶になる感じもあるし、古典原理の活かし方が本当に見事。

製品版は潰しが効かないことを暗にアピールできる一方でどうやってもそうなる感が出てしまうのも否めないので一長一短ではあります。
個人的にはこういうのは手作り感ある方がそれっぽく見えて好きですが、手順自体がしっかりしてるのでどっちも試してみたいところ。

Lie to Me

観客の嘘を見破るという手品です。
シャッフルしたデックから複数の観客にカードを配ってそのマークを当てるというもので、マークを当てるって現象と嘘を見破る演出とのバランスが丁度良いと思いました。
例えば選ばれたカードについて質問していって嘘を見破ってカードを当てるというのだと、なんらかの方法でカードを特定してたら嘘云々は関係ないよなーって感じになることもあると思いますが、このトリックでは複数の観客ということもあるし観客の自由度が高いので嘘か本当かを当ててるとしか思えない感じになってます。
そしてまあ裏の原理と表面上の取り繕いのとこが手品っぽくてめちゃくちゃ良いですね。
ここでも嘘を見破る設定を強化できてるし観客とのやりとりとしても面白いあたり。
逆にややガチっぽくなりすぎるのはキャラクターによって演じる難しさに繋がる感じでしょうか。
「嘘を見破る手品」というセッティングができていればそこまで問題ない範囲だとは思いますが。

Who has the Joker?

こちらも嘘を見破る手品で誰がジョーカーを持ってるか当てます。
某有名手品の手続き部分に設定をうまく寄せていて、カード当てで行うよりジョーカーという特定のカードの位置を当てるという見せ方でわかりやすくもなってるし、Old Maid’s Pianoと同様にババ抜きっぽい演出で出来てそのゲーム性も演出と合ってて素敵です。
ここらへんの現象と演出、裏の仕事のバランスの取り方はten little tricks収録のCounterfeitと読み比べると面白いかと思います。

Magician’s Poker

観客がカードを選んでいく型の10カードポーカーディール。
このプロット結構考えたことがあって、どうしても納得行かない部分が出てしまって諦めたんですがこれは見事に解決されていました。
エキボることなく確実に、最後まで観客の選択が尊重され綺麗な手で演者が勝てます。
観客が有利なように見せる遊びの部分も超面白くて、ここのおかげでフェア感も強調されるし「マジシャンの思い通りになる」という事をこのタイミングでほのめかすのが上手いです。
この方式ってちょっと勘の良い人だったらある程度コントロール出来ちゃうことに気付くと思うんですけど、最後の選択でワッショイして気持ちよくさせる事でオチのひっくり返し感も高まってるし、演者の手札が最初から完成されてることの不思議さも出るかなと。

Visible Invisible Deck

ブランクデックとレギュラーデックを使った想像力の手順。
めちゃくちゃ面白いです。
秘密の隠蔽の要素も含みつつ観客の興味を引く演出とセリフ回し、魅力的な現象と無駄のない手法、全部が上手く合わさった傑作だと思います。
ギャグ的に使われたブランクデックの方でも現象が起こったように見えて、レギュラーの方ではそれが具現化するという流れの気持ち良さと不思議であることの気持ち悪さがあり、観客に与える印象も手品として完璧と言って良いんじゃないでしょうか。
こういう長い前フリがちゃんと不思議さに繋がっていく手品は本当に良い。
こういうのをちゃんと面白く演じられるようになりたいもんです。

Clueless

怪作です。
クローズドサークルの殺人事件という設定の手品なのですが、観客全員参加型でボードゲームのような感じでそれぞれが役割を演じ、その中から犯人を当てます。
作中の一つの設定はあれとかあれとか最近ちょっと流行りを見せていますね。
パズル的なものと手品って相性が良さそうで上手く不思議な物に見せるのは難しいですが、ちょっと手品的にあれこれすると良い感じのスパイスになります。
本作でも観客を混乱させすぎないレベルで追えないような作りなっていて、変な手品であること以上にめちゃくちゃ不思議です。
実演する機会が結構難しいなーとは思うものの、人数さえ揃えばそこの関係性がどうでも盛り上がる類の手品でもありそう。

Old Maid’s Piano

ピアノトリックをババ抜きでやります。
これは前にも感想書きましたが何度でも良いと言いたい作品で、俺は前から良いって言ってたもんねーということも繰り返し言っていきたい。それぐらい、今これを知ってる事が後々自慢できるような作品になっていくと思います。
以前公開された物から大幅に加筆修正されていて、齋藤修三郎さんのバージョンを取り入れたものが手順になっており、導入部なども作り込まれてブラッシュアップされ、なにより死ぬほど詳しいピアノトリックの歴史がノリノリで書かれていて痺れました。とにかく楽しそう。
他の手順も十分詳しく書かれてるけどなんでピアノトリックだけこんなことになってんのっていう。

読み終わるとタイトルの種と仕掛けという物に対する意識も変わるようなところがあって、種と仕掛け以外の部分というかより本質的な所の面白さを説教臭くなく伝えてる本でした。
「奇術への不条理の導入」「奇術の作り方」「セルフワーキングへの回帰」「演出について」という4つのコラムは全て創作について語ってることでもあり、全ての作品がその作例になってるのも読みやすく、クレジットの充実ぶりや解説の書き方なども非常に参考になるので何か発表する際の手本になる本でもあります。
別に発表することはなくても手品はどう演じるかってのも創作の範囲なので何かしら影響を受けたり考えるきっかけになる部分も多いですし、何か思いつきを形にしていくのにどこを詰めればいいのかとか、そのために何を調べたら良いか、そして何が創造性になるのかというのも掴めるはずです。
手品の創作の多くは古典からの改変で本書もそういうものが扱われていますが、横井軍平言うところの枯れた技術の水平思考というか、古くからあるものを効果的かつフレッシュに見せるところにクリエイティビティが感じられる作品が詰まっています。
手品は読者が実際に演じるもので好みもあるしあんまり積極的に勧めるということはしないんですけど、これは好みや価値観を変え得る一冊なので万人におすすめしたいと思います。

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