by jun | 2018/05/28

たぶん回数で言うと一番読み直してる手品の本です。
トリックの解説は7つですが、1つトリックを成立させためにここまで考えてるのかって感じがやばくて、最初から最後まで考えられてない部分は一箇所もありません。

手品という不可能な事をやる遊びは、実際に不可能なことをやるのではなく、観客に不可能を経験させるものです。
この当然のことを再認識して、観客が信じられるフィクションを作り出していくというのが主題の本になります。

フィクションとはただのセリフによる演出ではなく、手法や演者が出す空気、それを見て観客がどう思うかということまで全体として成り立つものです。
SFとヒューマンドラマでフィクション度合いが違うように、それぞれの手品に合った技法と演出が用意されています。
「観客は〇〇と思ってるが、実際には△△する。観客は気付かない」と流されるようなところを細かく考え抜き、全体の流れとして破綻を来さない物語です。

翻訳は日本一信頼できる手品本翻訳者の富山達也さん。
日本一信頼できる手品本翻訳者日本一信頼できる手品本翻訳者言い出したのはこの本を読んでからで、全く知らなかった名著を紹介して翻訳までしてくれて信頼しかありません。
フィクションを作るために演出や心理的トリックが重要で、富山さんの翻訳力が冴えまくってます。

Finger Flicker

デックをテーブルに置いて、観客に好きな枚数を言ってもらい、指で弾くとその枚数だけカードが弾かれます。
オチは観客にカードを1枚選んでもらってシャッフルしてもらいますが、指で弾くとそのカードのところで弾くことができます。

大好きなやつです。
なんか子供の時にテレビで吉野家の店員さんは計量器使わなくてもご飯と牛肉のグラム数がわかるみたいなやつを見て、プロってかっけーと思ったものですが、それをトランプでできます。

原理は非常にシンプルで技術的な難易度も高くはありませんが、シャッフルの仕方、お客さんにカードを聞くタイミングど非常に計算されてます。
仕組みを知っていてもこのやり方でやられたら違う仕組みを使ってると思うはずです。

3段からなる徐々に難易度が上がっていく構成で、どんどん手品っぽくなってくるのもポイントでしょうか。
エスティメーション系の手品は演出によっては吉野家の店員さんみたいなガチだと思わせることもできますが、絶妙なバランスでガチと嘘がせめぎ合ってる手順です。

Master of the Mess

観客と一緒にカードを表裏ぐちゃぐちゃにした状態からカードを1枚選んでもらい、またぐちゃぐちゃに混ぜます。
演者はカードをより分けていって、観客のカードを探し出します。
まだ表裏ぐちゃぐちゃの中からもう一枚選んでもらい、さらにぐちゃぐちゃに混ぜると、カードの向きが全部揃って観客が覚えたカードだけが表向きで現れます。

ピットハートリングの手順はどれも構成が素敵ですが、これは恐ろしい領域までいってます。
観客から見たら二段階の現象で、難易度も上がって見えるし見た目も違うので綺麗です。
裏でやってることが本当に恐ろしく、演者はセリフ通りのことをやってるようにしか見えないのに、着々と伏線を張ってエンディングまでの準備も同時に行ってる作りに震えがきました。
怪しい箇所は巧みに分散され、その怪しさも序盤の伏線のおかげで弱まるという、トライアンフ現象としては最強の部類ではないでしょうか。

Colour Sense

観客にデックをシャッフルしてもらい、数枚のパケットをテーブルの下に隠してもらいますが、演者は透視するようにカードが赤か黒か言い当てます。

このトリックはコラムで書かれている「パフォーミング・モード」という考え方がベースにあり、技術的にも難易度はかなり高いですが、うまくやれば上に書いた現象通りの印象を持たせることが可能です。
手先のテクニックは必要ないのですが、めっちゃ頭使いますし演技力も高いレベルで要求されます。

メンタル系なので敬遠される方もいるかもしれませんが、演出的には愉快な感じですし、同じ現象を連続して起こすにあたっての工夫、フォース的なあれなど、他にもなんぼでも応用できる考え方満載なのでこれできるようになると色々レベルアップしそうです。

「The Performing Mode」と「Inducing Challenges」というコラムで語られる2つの概念を同時に扱ってますし、ピットハートリングのフィクション論を理解するのにも最適な手順だと思います。

High Noon

カードを覚えてもらいシャッフルしたあと、観客の手に1枚ずつ表を見せながらカードを置いていきます。
観客には覚えたカードが出てきたらもう片方の手で捕まえてもらいますが、捕まえたカードは別のカードに変わってて、カードは時計の下から出てきます。

いわゆるカードアンダーザウォッチを「決闘」というテーマで演者よりも先に捕まえてもらうという演出です。
カードをあれするところにも「パフォーミング・モード」が使われ、演じやすく仕上がっています。
サインカードではできないルーティンなのが残念ではありますが、その分負担はグッと低下していますし、説明セリフでなくビジュアルでもなくカードが消えたことを示すあたりの演出も見事です。
「決闘」というスタイルを演じるにあたっての観客への配慮など本当に隙がありません。

Cincinnati Pit

観客にシャッフルしてもらってからフリーチョイスで1〜13までの間で好きな数字を言ってもらい、10秒以内にその数字の4枚のカードをシャッフルしながら積み込み、ポーカーで4カードを作ってしまいます。
他の人の役を見るとA、K、Qの4カードになってます。

ポーカーデモンストレーションという極端に好みが分かれるプロットですが、ここまで読んだらピットハートリングがただのポーカーデモンストレーションをやるはずがないということがわかると思います。
実際にとても愉快で、テクニックだけを見せる手順ではありません。
自然にやろうと思うとかなりの練習が必要になってきますが、シャッフル自体は自然に見えるもので、ギャンブリングすぎない手法なので手品物語的にも破綻しておらず、食わず嫌いするにはもったいない感じです。

Triple Countdown

3人の観客にそれぞれカードを覚えてもらい、混ぜてからそれぞれ好きな数字を言ってもらいます。
その場所からそれぞれのカードが出てきます。

手品的に超面白い原理だけど怖い、そういうものこそフィクションの作り込みが重要です。
この原理を使うトリックはカードを選ばせるところで間延びしがちですが、3人に選ばせるリズムが絶妙で、手法的にもスムーズに3枚選んでもらってそれぞれをテーブルに置くという動きが終わります。
作業が終わってから観客にカードを確認し、どうやって数えるかも適当にはやりません。
マジカルジェスチャーの意味から観客が持ちうる疑念、それの晴らし方まで詳しく解説されます。
マジカルジェスチャーはなんとなくでやってしまいがちですが、それが人に与える効果を理解するのとしないのとでは威力が変わってきますし、いくらクリーンに終われる演技でもさらっと示して終わりではもったいないです。

Unfotgettable

記憶術のデモンストレーションです。
観客によってシャッフルされたデックの並びを記憶してしまいます。

オレンジジュースを飲むと記憶力が増幅するという演出がとても楽しく、記憶力大会ではなく手品を見ている感が高まります。
解説では「どんな飲み物でも構いません。ただ、酒類は避けることをお勧めします」と書かれてるのにビールをピッチャーでがぶ飲みしてやってるDenis Behrさんという人もいましたが、この2人の影響し合いっぷりもとても楽しいです。

想像の通りある程度の知識が必要な手順ではあるものの、ダイレクトな使い方ではなく、フェイズごとに非常に有効なサトルティが効かされているので、マニアにもあれを使ってるんだろうとは思われないです。
かといって見た目がごちゃごちゃしてるわけではなく、段階上げていくのにもオレンジジュースがとにかくいい仕事をしています。

以上7手順とは別に「Method and Style and The Performing Mode」「Inducing Challenges」の2つのコラムがあって、どちらも手順の成立に欠かせない理論です。
「Inducing Challenges」は同じことやるにしても格段にリアクションがアップする考え方で、手品やってたら絶対言われることや、観客の想定を覆していく手順に取り入れると有効だと思います。

全体的にがっつりしたショー向けの手順ではあるものの、全部読めばこれあれのここに使えるやんみたいなものも多いですし、特殊なプロットを扱ってるので手品におけるフィクションというものがとても理解しやすいです。
記憶術にしても透視にしても枚数がわかるにしても、ガチだと思わせず手品というエンターテイメントの中でやってしまうのですね。
ガチっぽさは物語の中でリアリティを持たせるためにあって、予定調和感をなくします。

例えば2人のカップルが出会ってからくっつく話があるとして、障壁が何にもなくただブチューして終わるような話はつまらないですし、障壁をなんの苦労もなく勢いで乗り越えてブチューも見たくありません。
物語の中で大事なのは現実に起こりそうかどうかではなく、その物語の中でいかに見てる人が納得できる理由を提示できるかだと思います。

人によって好みはあるでしょうけど、やっぱり手先が器用と思われるより不思議だと思ってもらいたいですし、かといってずっと難しい顔して人前にいるのも苦手なので、とても好みのバランスの作品集でした。
でしたっていうかこれからもずっと好きでい続けられる数少ない本の1つです。

残念ながらピットハートリングさんの本で日本語化されてるのはこれだけで、近作の”In Order To Amaze”というメモライズデック使った作品集とか、待ってたら誰か訳してくれますかね。
ピットハートリングさんと一番「日本のマジシャン・フレンド」であろう富山達也さんに期待したいところではありますが、この待ちで他人任せな姿勢もどうかと思いますので、両手両足に辞書を持って読んでいるところです。

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Comments

とみやま

お褒めいただきありがとうございます。とっても嬉しいです。
IOTAの翻訳出版権は買いました。訳はまだ半分しか終わっていません。
なんとか年内に出せたらいいな、というところです。
出来たらまたきょうじゅさんのブログで宣伝させていただきます。
いま少しお待ちくださいませ。

6月 02.2018 | 09:53 pm

    jun

    コメントありがとうございます。
    いつも本当に楽しく読ませていただいております。
    先日、友人ともハートリング談義になり、IOTAの日本語版出ないかなーという話をしていたのでとても嬉しいです。
    題材が特殊な本なのでさすがに出ないかなと思いつつ、”Card Fictions”や”Transparency”を訳された富山さんなら!という期待もあり、でも早く読みたいからと思って英語版をちまちま読んでいるところでした。
    日本語版が出ましたら音速で購入し舐めるように読み、このブログでも布教させていただきたいと思います。
    周囲にもハートリング好きが多いので、一同期待してお待ちしております。

    6月 03.2018 | 02:34 pm

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