by jun | 2018/06/28

2017年に発売されたガスタフェローのレクチャーノートで、内容はもちろん最高です。
ガスタフェローはいつでも最高なのですが、今回は特に彼特有の演出面が光っていて、ガスタフェロー過去作が更にブラッシュアップされている手順もあり、一冊読むならこれかなという感じがあります。


翻訳は今までもガスタフェロー本を訳してきた日本一信頼できる手品本翻訳者である富山達也さん。
というかもうガスタフェロー本は富山さん訳以外考えられない感じになってきてますね。
トマスピンチョンと佐藤良明とか、サイモンシンと青木薫とか、ニコルソンベイカーと岸本佐知子とか、結婚式における木村カエラとかそういう感じの存在です。
んなわけで一作ずつ見ていきましょう。

Virus

カードの表が裏になったり真っ白になったり、ウイルスによって侵されてしまいますが、ウイルスのカードを取り除くと普通のデックにもどります。

ガスタフェローのオールブランクネタは”Truth in Advertising”の「広告」という演出もとても面白かったですが、今回はウイルスです。
ウイルスの何がいいかというと取り除かなくてはいけないもので、それを堂々と取り除くことに何の違和感も持たせません。
むしろ変なカラーチェンジとかすると本当にちゃんと退治できたのかというモヤモヤ感が残ります。
処理することによってレギュラーデックに戻り、実際にも余計なカードが取り除かれたデックなので、演者も観客も気持ちよく次のマジックに行ける見事な構成です。

Upper Hand Triumph

テーブルを使わないトライアンフ。
普通のトライアンフと違って「カードを当てる」「表か裏か当て、その場所でカットする」「向きを揃える」と三段階で見せていきます。
ガスタフェローはトライアンフを色々発表してますが、カード当てと向きが揃う現象がこんがらがらないように気をつけてるなという感じがあって、今回ははっきりそれを分けてきました。

表と裏を混ぜる理由と現象が一致する演出も面白いのですが、日本人だとちょっと言葉のニュアンスが伝わりにくいかなという気はします。

手法的には表裏で混ざったように見せるディスプレイと、例の1枚の処理がとてもクール。
ディスプレイはガスタフェローでいうと”Intro-Verted”とかヨアンのトライアンフみたいなやつで、あれ系はその形にするまでが自然な動きだと説得力が上がりますし、当然ガスタフェローはそのあたり気を使ってます。

例の1枚の処理についてはフレンチのメルマガでポンタさんがこう書いていました。

例えば、トライアンフの最終フェイズでトップの1枚をひっくり返さないとき、
イキってエゴチェンジ的なのやりたくなりますよね。
ガスタフェロー師匠は違います。まず観客の手に預けてしまいます。
そして、「1枚貸して」と言ってトップカードを受け取り、それでおまじない……。

自分もイキってエゴチェンジやりたくなる勢ですが、こんな素敵解決があってイキらなくてよくなって本当に良かったと思います。
お客さんに1枚借りる際のセリフや言い方なども非常にクレバーで、細かいとこから不思議を積み上げていくスタイルは学びたいものです。

Mini-Mental

4人のお客さんにカードを覚えてもらってデックに戻し、それを1枚ずつ当てて取り出していきます。
ポイントは必ず言い当ててから取り出すというところで、そのためにはカードを知る必要があるわけですが、その手法がまあ賢いです。

この作品は以前発表していた”Multi-Mental”の縮小版で、そっちでは7人のカード当てだったので、多くのシチュエーションでは4人ぐらいの方がちょうど良さがあって良いと思います。

Boxing Day

サインカードをデックに戻し、デックを振るとカードケースに変わります。デックはポケットから出てきて、サインカードだけが箱の中に入っています。

ギミック使いますが、そんな大層なものでもなく普通に箱として使える程度の工作です。
クロースアップだとちょっと怖いかなという仕掛けですし、現象的にも見栄えがするのでちょっとしたサロン向きな感じがします。

ちょっとサッカートリックぽい見せ方をするのですが、宣言とは別のビジュアルな現象が起こるというのは演じやすくて良いですね。
現象のインパクトに対して恐ろしく低負担で、セットアップも楽になるようにカードの選ばせ方から計算されてます。

Box Whisperer

選んだカードの名前をカードケースに囁いてもらい、カードケースに耳を傾けるとカードを言い当てることができ、箱の中からそのカードが出てきます。

「囁くクイーン」は不思議な手品ですが、やっぱり囁きによって当たった感はちょっと疑問が残ります。

箱に囁くというこの手順でも疑問がないかというとないわけではないんですけど、箱の中に声を閉じ込めるという方がなんとなくそれっぽい気がしますし、そのそれっぽさをドンガラガッシャンしてしまう箱からカードが出てくるオチが本当に素晴らしいと思います。

Think Tank

4枚のエースの中から選んでもらって、2枚のジョーカーを箱の中に入れます。
どのエースが選ばれたかを当てますが、ジョーカーが箱の外に出てきて、箱の中にエースが入ってしまい、選ばれたエースだけが表向きになっています。

箱とジョーカーを使った入れ替わり現象は過去作にも見られますが、やはりペロンと2枚になるところは綺麗ですね。

カードはフリーチョイスで、リバース手法にも無理がなく、2枚と4枚という複数枚同士なので枚数の違いを悟られる怖さも軽減されています。

All In Your Hands

スペクテイターカッティングエースを全部あなたの手の中で。
デックを二つに分けて二人の観客に全て操作してもらえます。
この手順が強いのはシャッフルしてもらうパートがあることで、この手のやつだとだいたいシャッフルに制限があったりするもんですが、シャッフルは全く自由に行ってもらえるので演者の支配下という印象を持たれにくいです。

Hands Of My Noteに似たような手順がありましたけども、パケットを渡してからは一切手を触れなくて良いような究極完全版になりましまた。

指示に自信がなければ”Shuffling Lesson”形式で演者と一人の観客でやっても十分だと思います。
演者が手を触れないだけに中途半端な演技力でやると「どうやってもそうなるんだろうな」と思われて逆算されやすくなりそうです。
できるだけそういうことを考えさせないようなセリフ、特にエースが4枚出てきてからの一言はとても気が利いてます。

Chip Off the Old Daley

赤と黒のポーカーチップの位置が入れ替わり、次は4枚のエースを赤と黒に分けてカードでカバーした状態でやると言い、チップとカードをお客さんの両手の上に乗せますが、チップではなくカードの赤と黒が入れ替わります。

1段目の入れ替わりはがっつりコインマジックの手順です。
エキストラなしの2枚の入れ替わりをお客さんの手を使ってやるのでかなり不思議ですが、難易度はそこそこに抑えられています。

そのあとにラストトリックが起こるわけですが、これは単なるサッカートリック風見せ方じゃなく、観客の手の中で現象を起こすことについて考えられた手順だと感じました。
ジョンバノンもラストトリックの文脈で書いてましたが、観客の手の中で現象を起こすということは「その前から入れ替わっていた」と思われる危険性を孕んでいます。
そこで先にポーカーチップの入れ替わりを見せ、カードから注意を逸らし、公明正大さだけを印象に残すというハンズオフ大好きなガスタフェローならではのアイデアに感動しました。

Double Agent

選ばれたカードをデックにもどし、4枚のエースもバラバラに入れます。
そのあと4枚のエースを取り出していって、エースに向かってデックを弾くと選ばれたカードが出現します。

タイトル通り2重スパイをテーマに進んでいき、この本の中でも一番フィクションフィクションしてる演出ですが、カードを擬人化するにあたっての説明とか、一旦やり出したら最後まで全部の動きにスパイ的意味付けをするとかさすがです。
ただのスパイじゃなくミッションインポッシブルで、ミッションインポッシブル見てるとよりオチに感動します。
4枚のカードの中に1枚裏向きにカードが現れるサンドイッチ風見せ方はバランス悪い感じがしてあんま好きじゃないんですけど、ミッションインポッシブルなら納得です。
ミッションインポッシブルはテレビでやってた「スパイ大作戦」の時から、主人公達がピンチから脱出して、優位に立ってたはずの犯人が生け捕りにされる展開が多くて、最近だと映画の「ミッションインポッシブル ローグ・ネイション」もそういう感じになってます。
もうすぐ公開される新作もとても楽しみですが、ガスタフェローのこの手順を覚えればほぼミッションインポッシブルを見たのと同様の体験ができるのでおすすめです。

あ、エース出す途中スペリングありますが、トムクルーズ気分で頑張りましょう。

Flash Pocket

4枚のジャックを別々のポケットに入れ、4枚のエースを持ってもらいます。
エースはジャックに変わり、エースはポケットから別々に出てきます。

これもガスタフェロー永遠のテーマ的なやつですね。
この手順はテーブルを使わずに行えて、カードの変化を1回に絞ってるのが肝だそうで、「本書全体のトリとして、私たちの一緒の旅を締めくくるのに完璧なトリックであると思います」と書かれています。

加工も必要で難易度も高く、比較的低負担のガスタフェローがそういうことするだけあって現象は非常に魅力的です。

んなわけで捨てネタなしの10手順という感じの本です。
演出と手順の一致ぶりが本当に素敵で、通して読むとガスタフェローっぽさみたいなものも見えてきます。
例えばUpper Hand Triumph、Mini-Mental、Box Whisperer、Think Tankあたりはメンタルとフィジカルが一体化した手順です。
そしてどれも先にメンタル現象を見せてからフィジカルで落としていて、メンタル的な余韻を残さない感じがあります。
人によって好みは分かれましょうが、演出は手品の中の演出であって、ガチで心を読む人だと思われたい気持ちもないので、変に超能力っぽさを残さず嘘を嘘だとわからせるぐらいの演出にとどめておくバランスは好きです。
最後に目に見える形で現象を起こして、それが筋の中で破綻していないというあたりも見事と言うしかありません。
ビジュアル現象をより効果的に見せる一つの解答でもありますし、手品は手品であるという余韻を残すので後味もすっきりしてます。
どの手順でもギャグっぽくなりすぎず、シリアスなストーリーでもなく、子供騙しにもならない絶妙なバランス感覚で振り付けされていて、顔を崩しても演じられるものばかりです。
ガスタフェローは観客の「体験」というのをとても重視していて、その中には楽しさってのも含まれると思うんで、こういうガチすぎない手品をガチで考えてるのでしょうね。
気楽に観れるものほど観客に気楽になってもらうためにこっちが頭使わないといけないってのはどのジャンルでも同じですが、ガスタフェローさんはまだ旅の途中とか言ってるから恐ろしくて、旅の途中が言い訳になってないことを作品で証明するのマジかっけーです。

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