by jun | 2020/10/27

マジックマーケット2020にて発売されたムナカタ・ヒロシさんによる作品集。
すごい手品がたくさん載ってるすごい本でした。
奇跡にも思えるバランスで成り立ってる作品がずらっと並んでおりますが、もちろん奇跡などではなく研究と試行錯誤の賜物であり、既存の現象や原理に胡座をかくことなく、それを更に発展させてやろうという熱量が出来上がった手品と文章から伝わってくる一冊です。

第1章 Traveling

移動現象をテーマにした章。
どの作品も移動する感触が変わってるのが特徴。

Split

4枚のAの中から観客に自由に1枚言ってもらうカードトゥポケットでコールは完全にフリーチョイス。
言われたカードによって別の結末が待っていますが、どのパターンでもパームせずにクリーンな移動現象を示せます。
バッドエンドが存在せず、マジシャンズチョイス一本釣りでそういう手順があってもおかしくないぐらい全部楽しい。
移動することを先に言っておけるのもアウト感がなくて良いし、どの場合でも違和感を抱かせないセリフ運びになっていて完成度が異常。
エキボックと不可能な移動はこの本の大きなテーマで、それを象徴するような一作になってます。

Vol-de-Nuit Hofzinser

ホフジンサーエースの一風変わったバリエーション。
Aでツイスト現象をやって、選ばれたカードと同じマークのAがひっくり返り、それを見ると選ばれたカードになっていて、またすぐAに戻ってデックを見ると表向きで現れるという流れ。
Aとデックの接近がなくクリーンに移動しますが、手順構成と演出でトゥーパーフェクトを避けていて、ツイスト現象であらためも兼ねつつ流れで行うことで一瞬だけ移動してきた感を強めています。オチの示し方がとても良く、起こっていることはデックの中で1枚表向きで現れるという良くあるものなのに、頭の中でリアルに2度の移動現象を感じられるような作りです。
プロブレムものを縛りにこだわらずにやったらハンドリング以外にも面白いところが出てくるという好例じゃないでしょうか。

Double Date

テンヨーのサプライズ手帳を使った手順。
どうせ手帳にカードが移動するなら移動する前に手帳とカードを使った手品をしたくなるのが人情というもので、既存の手帳カード手品に続けて移動現象を行うんでも全然良いと思いますが、このDouble Dateは一連の現象の中で移動が綺麗なオチになっていて、そもそもが自然な道具を目指して作られたサプライズ手帳に更なる必然性を与えています。
現象としてはカレンダーに書かれた数字と観客の誕生日を使うエニーナンバー的なもの。これが連続で起こるかと思いきや一捻りあってサインカードが手帳に移動しています。
先に道具の説明を暗にしておけるのも良くて、2段目でひっくり返すので意外性も高く、仕事をするタイミングとか諸々上手くいくようになっていて楽しいところがてんこ盛り。誕生日を確認するところとか、道具の良さだけに頼らず更に移動感を強める工夫がいくつもあります。
マジ最高でしたこれ。

第2章 Mental

メンタルマジックを扱った章。
あの原理がこうなるの!?という面白さが光っています。

Power of ‘JUNISHI’

Power of Thought的なことを十二支の絵の絵あわせで行いますが、一致現象+色んな結果が段階的に予言されているというものです。
試せば試すほどなんでこんなに上手くいくんだという気持ち悪さがあり、故に予言としてめっちゃ不思議。
その干支を選ぶことがわかっていれば後の予言も当たるやろという感じになっていなくて、多段的な予言としてもかなり良い方じゃないでしょうか。
“Power of ‘JUNISHI’ 2.0″の方は特定の並びであることを説明しておけて、運試し的なものから徐々に予言の形がスライドしていく感じがより楽しめるものになってます。

干支の絵あわせでやるのは色々と隠蔽する目的もあるのですが、おかげで少数枚で行えるようになり、じわっと現象を理解できる感じがあってとても良い道具立てです。
コインシデンス系の原理はどれも予言に応用できそうにないのにこんなやり方があったとは。元々は副作用だったものを主な効能にした薬のような原理で、執念のような研究成果がまとめられていて大変感銘を受けました。
普通だったら邪魔にしか思えないようものをここまで調べる姿勢こそこの手品から学ぶべきポイントじゃないでしょうか。既にやり尽くされた出尽くしたと言われる現代においての創作の極意がここにあります。

Ariadne

表裏バラバラの山を作り、テーブルの下で向きを揃え、赤と黒にも分けてしまう手品。
どんな手品の後にやっても映えて手品パワーを強調できる現象なのでノーセットでいつでも出来るのがとても嬉しいです。個人的にこの本の中で一番演じる回数多くなりそうな手品。
数理的原理の数理的操作感を減らす狙いがある手順で、その意図はかなり上手くハマってると思います。
もちろん手品的な手続きではあるのですが、観客にやってもらうことを簡単で意味のあるものに置き換え、裏表バラバラの山を作ってもらってすぐ向きを揃える手品だと言えるので後を引きません。実際に観客の手でランダムなものを作ってそれが目的であると納得させるには十分説得力ある流れだと思います。
同時に赤黒にも分けれる作りなので意外性も十分だし、別の原理を組み合わせても全く複雑になっておらずやってて気持ちの良いトリックです。

The Equi-voyance Test

カードの透視をする手品なんですが、ノーセットで行えるように色んな工夫がされています。力で寝技に持ち込んでじっくり仕留めるスタイル。
カードを1枚決めるまでの手続きを実験という演出でかなりそれっぽくしていて、この演出だからこそ使えるEquiセリフがとても良かったです。
強くて便利なテクニックがあるとあんまり考えずに使ってしまいがちですが、演出によってより効果的なバリエーションを生み出す余地がまだまだあるなーと。
演出というのはマジックの中で演者が勝手に作るリアルなわけですが、手法の都合上言うセリフでもどんどんリアリティを積み重ねていくのが素晴らしいです。

第3章 Playing

箸休めの場所ということになっていますが油断できない手品が載ってます。

Fake Monte Move

嘘モンテムーブ。
フリをして実はしてないけど実際には入れ替わってることを物理で納得させます。
手品に浸かった人にいかにもな動きで嘘技法をやる時にただ混乱させるだけのものではなく、フリをしたならフリであることをすぐ示せてその動き自体が不思議なものであるか、嘘技法が不思議さに繋がる現象が起こるものが良きマジシャンオンリーギャグだと思いますが、このFake Monte Moveはそこらへんの良さがシンプルに一体化していて理想的な一品になってます。

Psychokinepick

手をかざすとトップカードが動きます。
角度に制限はありますがスレッドより扱いが楽。
この本の中ではあっさり目の手品ですが、用意の周到さ、手法を想像させない二段構えなど、しっかり演じられる仕上がりです。

Rashomon Monte

非常にチャレンジングなスリーカードモンテ。
カードは3枚しか使わないし、原理的にも長編化し辛そうなものなのですが、怖いオチに向かって徐々に不思議さを高めていくものになっています。
ズレを感じさせない現象から、よりわかりやすい形でオチに持っていく流れに唸りました。無双状態のやつが全く油断せずに頭使って畳み掛けてくる怖さ。

第4章 Et Cetera

1〜3章には分類されない手品が載ってる章。

Sinking Aces

観客が言ったAがマットを貫通する手品。
冒頭のSplitと似たコンセプトに見えますが、見た目も狙いどころもまた違った作品で、現象の違いからどういう手法がありだったりなしだったりするのか比較するだけで勉強になります。
こちらははっきりダイレクトヒットがあって、それ以外でもテクニカルに仕事を分散させてクリーンに貫通を示せる作り。
難しいけど小回りが効く手品になってるのでこういうのは出来るようになりたいもんです。

Closed Marriage-Brokers

ウォルトンのMarriage Brokersのバリエーション。
最初から4枚のKとQと2枚のジョーカーを出しておけるようになっていて、一番改善して欲しいところに手を入れてくれたという手順でした。
割と何をやるのかわからない時間が長いプロットなので、最初に使うカードをはっきり示せるのはかなり印象良くなるんじゃないでしょうか。

Awkward Rising

クレンツェル版ライジングカードのサカートリック手順。
間違ったカードが何度も上がってきてしまうというもので、その可笑しみが伝わりやすい手順の流れになってます。
意図せず間違ったカードが出しゃばるようにせり上がってくるという繰り返しからくる笑いと不思議感を一緒に楽しめるように作られていて、たぶんサイレントでやっても面白みが出るような堅い構成です。
あのライジング独特の動きが一つの手順の中で別の意味に読み替えられるのがおもろい。

第5章 Extra

カード以外の手順とコラム。

Crystal Clarity

テンヨーのクリスタルボックスを使った手順。
他の作品でも現象や原理が持つ特性の解釈力とその応用力の高さが窺えるのですが、本作はその代表的な手順と言えるでしょう。
この箱のサイズで透明で蓋がついてること、これらの要素を活かして複数の物体があっちゃこっちゃするのですけど、それぞれの定位置が明確でコントラストが強いので移動したことがはっきりわかるようになってます。
コンセプトを暗に伝えつつ、演者にも予定外のことが連続で起こる面白さが存分に発揮されている手順。

ラブアダブバニッシュについて

いかに指の動きを小さくするか、何故消えたように見えるのか、演出による見せ方の違いなどなど、左右の手に分解して他の素材の例なども交えつつ事細かに解説されています。
カード技法の中でも色んな要素が絡み合って成り立ちそれ故に難しさがあるものなので、まずそこが整理されていることが理解の助けになるし、少数枚で行う時とかなんとなくやりにくさを感じてたことの理屈が書かれていて直接問題が解消するような話も多かったです。
試行錯誤の仮定が見えるような文章なので試しながら差を見比べれるようになっていて説得力もあるし、特定の技法について論点を分けて考える時の参考資料にもなります。

ルポールワレット用の封筒について

開く前に両面あらためることが可能な封筒。
これめっちゃ良かったです。
原案の手軽さ楽しさも捨てがたいのですが、演技の中での負担がさほど変わらないならあらためられる方がもちろん良いです。
工作部分を読んでる時はこれ入れる時に気を使うのでは?と思ったんですけど、あーそれをそこにあーーっていう工夫があり、演技でも原案が持ってるのと似た楽しさも味わえます。

まとめ、超面白かった。
同じクロマドウ会さんから出た「原理主義」もそうなんですけど、2020年になってもこういう新しくておもろいのが読めるから手品やめれんのよなという本でした。

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