the shiftのシリーズが1年ぐらいでポンポンと勢いよく3つ出てやっと面白くなってきたのにしばらく出ないなと思っていたら別のが来て、なんでもかんでも買うと思うなよと反抗の意思を示そうと思ったはずが気がついたら負けていました。
というわけでベンジャミンアール新刊です。
なんとなく期待値が上がりきらないところにお値段もハードルも上げてきやがり、最悪ハードルを飛ばずにくぐって自らを納得させ慰める覚悟もしていましたが普通に面白く読めました。
あんまり期待してなかったのは最近の彼の作品は斬新な手法が軸ではなかったからで、悪いとは思わんけど理屈を説明されてもイマイチ納得できないしモチベーションにならなかったからというのがあります。
今回ははっきり新しい手法が目的でないことが書かれていて、実際にプロットや現象はクラシックだし一部を除いて手法そのものに関心するものはありません。
ただし、プレゼンテーションが今までと比べてとても良く、手品をはじめたら色んなタイミングで演出の重要性について思い知らされますが、個人的にこれは結構刺さりました。
手順は本当にシンプル。ごくごく簡素なカードの変化が起こったりコインが消えたり、この軽い感じと観客とのインタラクティブな演出がとてもマッチしています。
インタラクティブとか観客参加型とか言いつつ観客がただカードを選ぶだけだったり演者の言う通りに操作するだけだったり手をテーブル代わりに使われるだけだったりという手品は多くあり、この本に載ってる手品も実際はそうなんですがプレゼンテーションによって見事に体感ぶりを強化していて、現象の魅力増しも上手くいってるように思いました。
特に”The Vanishing”や”Portal”あたりは現象は本当に普通なのに気の利いた演出によってめっちゃマジカルになってる。
解説のスタイルもちょっと変わっていて、読者にも出来るだけそな面白さを伝えようとする作りです。
全体的にやろうとしてることのバランスと読書体験はPete MaCabeのScripting Magicに近いですかね。古典プロットに新しい演出を加えるというところだけでなく、何か一つの技法や原理を見せれる手品にしてしまう感じとか。あっちはショー向けのごつい手順も多かったですが、このInside Outは準備も要らんし極めてラフなスタイル。どっちが良いということはないですけど、ベンジャミンアールの手順はこのチルい感じ込みで印象に残るマジックになってるところが素敵です。今回Real Magicなるものの目指すところが書かれている文章があって、このスタイルにもあーなるほどと思えるものでした。全体にフィクションラインの設定にもこだわりを感じるし、Real Magic云々を置いといてもこれならこういう演じ方もできるなという事を考えたくなる感じがあり、人口に膾炙したようなプロットを自分なりに演じるモチベーションになります。
時勢的ににますます映像手品が盛んになる中、浮世なら浮世でしか体験できない手品をという気持ちも強いので、どの手順もそういうものになってるのも好印象。
まあ新しいつっても要素だけ取り出せばどこかで見たことあったり誰かが考えていてもおかしくないようなことだったりしますけど、やっぱり手順のすっきりさとか技法のクウォリティ勝負なとことかベンジャミンアールの手順ならではといった感じで良くなってます。今まではあーはいそうですかそりゃそうですねと思うことも多かったですが、過去作も上方修正したくなるぐらい。
“Let’s Play Triumph”や”Restoring The Past”は手順の良さもあり、特にRestoring The Pastはらしさもありつつ現象と演出の筋の通った感じも良いし手法的におもろいとこもあって好き。
見せ方が面白いのは”The Unreal Transposition”ですかね。シンプルな手順でトランスポジションを達成するには?というところから始まってると思いますが、屁理屈をうまいこと体感手品にしています。
推されている”Mr Invisible”はインビジブルデック即興レギュラーデック版。まあ手法はベンジャミンアールとしか言いようがない感じですけど、 見えないデックとフリーコールのカードで何をしようかという時にプロブレムの現象にこだわらず、的確なセリフで感触の肝を外してないのは見事かなと。
あと観客が配るポーカー手順の”Lucky Deal”。
これも原理は古典だし似たような見せ方の手品はありますが、丁寧な運びで観客がやることの意味を伝えてオチのインパクトを強める構成。
手順は全部で12作、どの手順も基礎的な技法しか使わないのですが、よりクウォリティを上げたいという気にさせてくれます。技法を自然にというのはどんな手品でもそうですけどこの本に載ってる手順は誤魔化しの部分も削いでるので特に。
技法に関してはthe shiftのシリーズやStudio52から出てるDLCで補足すると良いと思います。
今から買うならとりあえずthe shiftよりInside Out先に読むのが良い気がする。やっぱり手順いっぱい載ってる方がコンセプトもわかりやすいし、基礎技法をより自然に見せる工夫の必然性もわかりやすいです。
マニアックな手法を求める人にはお勧めできませんが、まあ手品ってそういうことだけでもないよなという事を伝えてる本でもあるので、何にも満足できなくなったタイミングでこそ読む価値はあるかなと。
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