今ではすっかりアイデアルデックの人という感じでお馴染みの浅田悠介さんによる作品集です。
フレンチドロップ製のDVDにしては珍しく、演技も解説も喋りがついていて、更にクレジットが載ってたり制作過程が書かれた小冊子もついています。
この小冊子が結構痒いとこに手が届く感じで面白く、プロットの肝を正しく解釈し、理想形に近付くための思考が綴られています。
冊子にも書かれてる通り実用的とは言い難い手順が多く、その思考プロセスは悪く言えば言い訳なわけですが、こんなこといいなできたらいいなをやるためには絶対通らないといけない道で、人のそういう考えを読むというのは手品の楽しみ方の1つです。
プロによるプロのための作品集ではなく、マニアックなプロによるマニアのための何かで、実践には向かないけど面白いって感じの何かでした。
プラチナム・リセット
リセットです。
変化前のAは4枚広げて見せることができ、リセット後もエルムズレイカウントを使わず広げて見せれます。
冊子に書かれてる通り、たしかにリセットと名のつく作品で一番の見せ場なのにクリーンに示せないってのはどうかと思うので自分好みの改案です。
4枚示せるということはあっちがあれになってしまうわけですが、そこんとこの工夫が面白いです。
スイッチにビドルカウントを使わないのもすっきりしています。
変化パート冊子に書いてる通り観客が現象を理解しやすい作りで、演出やセリフについての細かい配慮も行き届いています。
ハンドリングは中盤にやや無理があるのと、マニア向きにするにはリセット後のディスプレイをもう少しなんとかしたいところ。
H.G.Wells
サインドカードです。
通常サインドカードは4枚の絵札の中にサインカードを入れて、そこからサインカードが消えて初めから置いてあったカードがサインカードに変わってるというものです。
このバージョンでは使うのは2枚のジョーカーで、”ミステリーカード”は観客に持っていてもらうスタイル。
そして消失はパケット内でなくデックの中で行われます。
消失がビジュアルではないので現象がぼやけそうですが、移動でも消失でもないって感じが現象の理不尽感を強めてて良いと思いました。
サトルティも十分ですし、ジョーカーとあれする部分も好みのハンドリングです。
問題は観客のカードをジョーカーで挟む理由が弱いあたりでしょうか。
観客が変化が起きたと思う前に挟むので怪しさは減りますが、なんとなく挟まなきゃいけないんだろうな感は残ります。
4枚の絵札じゃなく2枚のジョーカーでやるサインドカード的なものはだいたい挟む理由がよくわからないことになりがちだと思います。
まあ4枚の絵札でやる時もなにその理由って感じなので、いつ挟むかってとこの好みの問題でしょう。
観客にミステリーカードを持ってもらうタイプのサインドカード現象だと、ガスタフェローの”MR. E. TAKES A STROLL”が好きです。
足し算的な現象なので浅田さん好みではなさそうですが、ミステリーカードを手の平に置くだけというラフさと、あれする時の自然さが気に入ってます。
訪問者の記憶
ビジターです。
ビジターは原案の問題点がはっきりしてるので改案作品の多くはそれを失くす方向に作られます。
その問題点はやたらとパケットを持ち替えたり重ねたりする部分です。
パケットの持ち替えどころか完全に2枚だけでサンドイッチも消失も見せるのが浅田さんバージョンです。
結構直接的な方法での解決なので原案の賢さ部分は残っていません。
ただ、ビジターのプロットは行って帰るという物語の一番シンプルな骨組みなので、パケットを作って言葉で説明しないといけない部分を失くすという方向は正しいような気がします。
ビジターっていうとあのディスプレイみたいな決まりもありませんし。
それでもやっぱりこれはフェアさに欠けます。
どっちのサンドイッチも綺麗に見せれないので、どっちかだけでもクリーンにするもう少し穏便な落とし所ぐらいが好み。
ASADA4A Opener
観客に4枚のカードを触ってもらってそれが全部Aでしたという現象。
スタンディングでできてテーブルも必要ありません。
これも大胆な解決法ですが、そんなに無理はないと思います。
叩いてからすぐ示すと叩く動作の怪しさが増すので、どちらかというとすぐ示さずに一旦テーブルに置いてなんかやって後から確認するとか、4Aとか綺麗じゃない複数枚のフォースに使う方が効果的な気はします。
クレジットに載ってなかったあたりだとアーロンフィッシャーのアンダーカバースイッチを連想しました。
あれはトップのAについての考え方が面白くて、ASADA4A Openerに応用できないかなと考えてます。
盲目コレクト
コレクターです。
冊子には浅田さんはコレクターを演じないと書かれていて、やはり3枚のカードを覚えさせるもっさり感が嫌みたいです。
実演よりマニアがパズル的な楽しみ方をする手品って気がします。
というのはやっぱりこれっていう手順がないからで、「一瞬ではさまります」という割にもたもたとした作業が必要です。
浅田さんの改案のアプローチはコントロールと4枚のAに3枚のカードが挟まる部分にかかるもたもた感を分散させる方向です。
それを分散させるために某原理を利用しています。
クリスメイヒューの”Repo”と同じあれです。
これ、確かにコレクターには合理的な原理ではあるのですが、カードをコレクトするというコンセプトからズれるので浅田さんの美意識的にはどうなんって感じがあります。
観客から見て現象が成立していればいいという考えではないはずですし、カードを選ばせるパートに全部もたもたのしわ寄せがきてるのもちょっともにょりました。
コレクターはもう一つ、正統派っぽい感じの「未完コレクト」という作品が解説のみされています。
こちらのアイデアも面白いのですが、やはり全体的なもさもさ感は解消されておらず。
ディスプレイ部に負担を持ってくるというのは結構良いのができる気がするものの、やっぱりコレクターはばさっと集めてばさっと示して終わりたいもんです。
ちなみに冊子にはコレクターでAを使うべきかKを使うべきかという問題について書かれており、浅田さんはA派でした。
全く同意で、浅田さんが理由として書かれてないところでいうとチョイスカードに絵札が含まれてた場合、テーブルの上がやたらごちゃごちゃして見えるってとこにあります。
3枚選ばせる都合上そのうち1枚が絵札である可能性はかなり高くなるので。
水と油絵
4段からなる3・3のオイルアンドウォーター。
オチはオイルアンドクイーン的なやつですが、途中は完全に赤黒3枚ずつのエキストラなしという少し変わった手順です。
1段目はかなり好みで、あんまり見ない手法なのでとても気に入りました。
お客さんに操作してもらうので、通常の2段目以降にも組み込めます。
2段目以降どんどん負担は上がるのですが、不可能性やビジュアルのバランスを考えた上でのことだと冊子に書かれていました。
演出についての理論にも触れられていて、これは好みに合うもので、オイルアンドクイーン落ちにも無理が出ません。
True Fly
ノーエキストラで行うスリーフライ。
エリックジョーンズの”Speed Fly”と似ていますが、手の怪しげな交錯はこちらの方が少ないです。
ただし1枚目の移動をフェアに見せれないのがかなりのネックで、ノーエキストラならいずれにしてもスリーフライのように直前まで枚数を確認させることができないしそこは妥協して通常のコインズアクロスのように見せてもいいのではないかと思いました。
基本的なムーブはスリーフライと同じなので、1枚目さえなんとかなれば結構可能性を感じる手順ではあります。
スリーフライってエキストラ使ってもそれっぽく見えないのでわざわざノーエキストラでやることないやんって思わなくもないですが、使わずにバランス良いものできるならそっちのが良いです。
移動の軸の方向と位置についての考え方はとても勉強になりました。
これはセリフなしの演技だったのでなんか説得力ある言葉付きでみたらもう少し印象変わったかも。
まどろみ消去
3枚のコインが消えて出てくるハンギングコイン的なやつです。
これはかなり気に入りました。
謎の持ち替えノイズもなく、左手に持った3枚のコインを一枚ずつ空中に置いて消していくだけ。
一旦右手に持って左手に握らせてリテンションみたいな鈍重なあれもないです。
同種の現象に比べると負担もかなり低いと思いますし、3枚消えたあとの手の形もフレミングフレミングしません。
Stella
前作のチンカチンク続編で、Stella Frash 2とStella Reverseが解説されてます。
冊子に書いてる通りFrashは前作の方が優れてるとは思いますがReverseのサトルティは好きです。
ノーエキストラチンカチンクのリバース現象はただ動かして戻したようにしか見えないものも多いですが、その一手先を行くマニアの先入観につけこんだサトルティが素敵でした。
あと隠し映像としてポン太 the スミスさんとの対談が入っています。
この隠しコマンドって本当に意味がわからなくて嫌いでしょうがないのですが、ポン太さんの話めっちゃ面白かったのでチャラです。
隠しコマンドの出し方はわからないのでパソコンで開いて見ました。
というわけでなんだかんだ面白かったです。
手品というのは現実には無理なことを無理なく見せようとするものなので必ずどこかに無理が出てきます。
何かの改案というのはその無理をどこに置くかが勝負です。
そういう意味でこの作品集はある場所の無理を失くす代わりに別の場所の無理が発生している感じがします。
なんか破れかけの服を引っ張って治そうとしたら別の場所に穴が空きました的な感じで、穴が決して小さくないものもありました。
たぶんオリジナリティを出すあまりに手順としては変になってしまったところもあると思うので、アイデアを何かに応用するというのが正しい見方な気がします。
各ルーティンに一つずつ新しいアイデアがあるというのはすごいことですし、結構今見てもフレッシュに感じるものもありました。
あと発売当初に見たときよりDVDも冊子の文章も面白く感じたので、ある程度ここで取り上げられてる元ネタとその改案を知ってる方が新しさがわかって楽しいのだと思います。
ところでVol.1などと思わせぶりなタイトルがついてる割に2018年も続編は出ていません。
まだメジャープロットで出てないやつありますし、なんなら1と同じかプロットのバージョンアップ版みたいなのがあれば見てみたいです。
もし若さゆえにつけてしまったエターナルというタイトルが恥ずかしくなったのだとしたら、ここにエターナルとか超かっけーと思ってるおじさんが一人はいるのでそんな心配はいりません。
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