2019年にナショナルジオグラフィックから出た The Spectacle of Illusion: Magic, the paranormal & the complicity of the mind の日本語版。訳者は定本大介さん、邦訳版は今年の10月に出ました。
著者のMatthew L Tompkinsは元マジシャンの心理学者で、今はマジックの経験を活かして認知心理学の研究したり超常現象とされるものを心理学の面から解説するような活動もされています。
例えばBBCに寄稿した記事があって、これは昼間にポケモンGOをやってた女性が夜寝てる時にマジのポケモンに襲われたという話を過去の実例を交えて解説したものです。
The strange case of the phantom Pokemon – BBC Future
この本の内容もざっくりそういう話で、主に1800年代の心霊ブーム的なものとマジックシーンが大量の図版と共に紹介されています。
まず見所はこの図版。
心霊写真、降霊会の様子、古来の手品道具のイラスト、錯視画、ESP実験のメモ、まあパラパラめくってるだけで怪しいものばっかり載ってて楽しいです。
あとポスター。100年以上前の見世物心霊イベントとかマジックショーとかターベルの手品教室のとか、手品好きなら特にくすぐられるような絵もいっぱいあります。
で、その図を参照しつつ当時どういう心霊ムーブメントがあってどう受け入れられていたのか、どういう反論がされていたのかという話を中心にしています。
まあ色んな時代に色んな輩がいて、その時々に学者やマジシャンが反論するんだけどすぐにアップデート輩が出てきての繰り返し。
このペテン師側のやり口の流れがちょっと面白くて、最初は霊と会話できるだけだったのが、それはもうみんな慣れたからガタガタ音をさせてみたり机を動かしてみようとかになって、そこから逆に物理現象は一切排除して別の方法で霊の存在を感じてもらえるようにしようとか、まあ最近でもどこかで聞くような足し算引き算原点回帰の試行錯誤を頑張ってたわけです。
あとオカルト潮流の中で行われてたマジックショーもなかなかやばくて、たかだか100年ちょっと前のマジシャンてこんなイカれた現象やってたんですかって話も単純におもろい。
厄介なのは手品師が霊媒と同じ現象を再現してこれはこういうやり方があるトリックですと言っても「私が見たのは違いますー」みたいに信じてる人は絶対超常現象の存在を疑わないところで、有名な話ではコナンドイルがオカルトに傾倒しまくっていたことがあり、この本にもその話がちょっと出てくるけどコナンドイルはフーディーニと交流もあって脱出トリックも知ってたし一部にいんちき霊媒師がいると認めた上で降霊会に参加し続けたそう。トリックを解明する小説書いてる人がなんでそんなと一見思いますが、過信を逆手に取るのは手品の原理も同じことで、自分は正しいと思ってればそれは変な方向にも転がることもあったりします。
一方フーディーニはいんちき霊媒と戦うのに熱心だったようで、家族や友人と「死後の協定」を結んで、どっちかが死んだら霊界から会いにくるという契約までしてたとか。
時代時代にいんちき超能力者と戦うマジシャンがいて、古くはホフマン、今はジェームズランディーからペン&テラーとかダレンブラウンにバトンが引き継がれ、こういう活動は信じちゃってる人には何も響かないから意味がないという冷笑的な意見も出てきますが、世の中の大半の人はフラット〜懐疑的な立場なのでそういう人達に向けてメッセージし続けることは大事です。
一方で聞く耳を持たない人がいる問題はなかなか深刻で、この本に載ってる実例見るとあらためてその根深さにげんなりします。
普通に見ればよくこんなのが世間を賑わしたなというものばかりで、有名なエンフィールドのポルターガイストの写真も載ってるけどメディアの文脈がなきゃただ子供がはしゃいでる写真にしか見えません。
また、いくら超常現象に科学的な説明をしたところで完全に超常現象を否定できるわけではなく懐疑派はそういう可能性もあるとしか言えないんで、大衆は大声で一部の証拠だけを元に超常現象であると断言する方に流されがちというのも繰り返されてます。この本読んでるとなんかわからんかったらとりあえず言い切ってる人を疑えば良いって気がしますね。
後半は心理学的に人はどういう事にどういうメカニズムで騙されるのかという話を手品や錯覚の実例も交えつつ解説してるんですが、まあ昔から悪質なやつは弱ってる人につけこんだコンプレックスビジネス的なのとのコンボで、今でも霊は信じなくてもなんとか水とかなんとか菌とかの健康系疑似科学が蔓延っています。このあたりは科学的ですよーって感じで近付いてくるから余計にたちが悪く、科学が進歩した時代だから逆に通用する自然なんとかみたいなのもあって大変です。
当然全方位に理論武装するのは無理ですが、少なくとも騙そうとする人がいて人は理屈が解明されてない手法でも騙されるという事を具体的に知ることが出来る本ではあります。
著者が言ってる騙される仕組みというのは錯視だとわかってるのにぐるぐる見えるとかそういうこと以上に知性ではなく感情で判断することの危険性で、霊能者と懐疑派の構図だけ見ると誤解してしまいそうですが、なんでも科学で証明できるとか科学が万能であると言ってる本でもありません。単純にわからん事は調べて検証しろという話でもあるし、自分が思ってることも疑って新しい反論を受け入れる謙虚さであるとか、実証に至ってない領域が無数にあるとか、科学や科学的態度とはどういうことかも教えてくれます。
大半は愉快な図版で昔の手品史もざっくり見渡せ、この混迷の時代をサバイブする知恵も与えてくれる良い本でした。
手品話も読むとこ結構あるし資料として置いておくのも普通におすすめです。
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