by jun | 2018/06/13


スペインのマジシャン、ラモン・リオボーさんによるセミオートマティックカードマジック集で、2015年に日本語版が発売されました。

Thinking the Impossible:日本語版 | 緑の蔵書票

セミオートマティックはセルフワーキング的な原理とちょっとした技法を組み合わせた手品のことですが、どこまでをちょっとした技法とするかは人によって違います。
この本では主にパームとラッピングが使われていて、僕のようにそこら辺を避けてきた人間にとってはかなりハードコアな手順もありますが、「パームを使いたくない場合は」とか優しい目線も入っていたり、逆に「セットしたくない場合は技法で解決してもいいよ!」というガチ目線もあって、痒いところを自動的にポリポリしてくれる大変有り難い本です。

そんなわけで大半はセルフワーキングでなんとかなりますし、この本で大事なのは手法そのものより演出面だったりします。
セルフワーキングというのはとかく演者がやってる動きをただ実況するか観客に謎の操作を指示して、「こうやったらそうなるんでしょうね」と思われそうなイメージもありますが、この本では恐ろしく賢い原理を原理っぽく感じさせない工夫がされていて、退屈に感じさせず現象を起こすことが可能です。

そしてその演出は興味を持続させる効果だけでなく、実際にやったこと以上に不思議に見えるよう巧みに観客のイメージをコントロールします。
例えば実際にはカードを動かしているのに観客が頭に思っただけのカードを当てたように見せるとか、演者がデックに触れてないように見せるとか、限定された選び方しかしてないのに自由に選んだように思わせるとかそういうやつです。
それらはセリフだけでなく、何気ない所作も使って観客の脳を間違った方向に導きます。
喋らない方が効果的なこともあり、このあたりのセリフだけに頼らない心理的誘導はスペインっぽいです。

ぽいとか書くとぼんやりしたイメージの話になってしまいますが、やはりアスカニオやタマリッツ、彼らに影響を受け研究している人がいる国は濃くそれっぽさが出ます。
観客の意識というのは知りようがないことなのですが、この本はいわゆるセオリー本や理論書ではないので、手順を読み進めていくうちに納得できるような作りになっていて、そのあたりのことに懐疑的な人でも入りやすいんじゃないでしょうか。
そんなわけあるかいなと思いながら読むのも有意義だと思いますが、一度この本で解説されてるように実践してみる価値は充分あります。

ストーリー的な演出はカードを擬人化するものも多いのですけど、仕組み自体は面白いのになかなか現象として成立させにくいような原理をうまく救ったという印象です。
軽い手品にはエンタメ的なストーリーがついていたり、話のカタルシスと現象がシンクロしてたりして、あんまりずっと難しい顔してやるような手品ばっかりじゃなくて個人的な好みとも合ってました。

そんなわけで各章について軽く感想を書きますが、この本は現象パートに演者がやる操作や指示が全部書かれていて、手品する人ならだいたいイメージできて、そこから現象起こせるのかという体験ができる形式の本なので、現象紹介はごく一部にします。

NO PREPARATION AND LIGHT ON SLIGHT

レギュラーデックで演技可能なトリック21種類。
簡単なセットが必要なものもありますが、基本的には観客にシャッフルさせたデックで演技可能です。
スペリングを使うものも多く、日本語だと不可能なやつもあります。

演出を学ぶという意味ではここが一番わかりやすいです。
一番最初に解説されている”IN THR BLUFF”で、この本のベースになるような考え方が細かく書かれていて、トリック自体も素晴らしいです。

個人的には”ONE IN THE SIDE POCKET”が大変気に入りました。
これはジェニングスの”Prefiguration”の改案なのですが、ありとあらゆる改案の中でも原案からの跳ね率がやばいです。
元々Prefigurationは大好きで、カード当てじゃないセルフワーキングだし手順もすっきりしてて改案すべきところもない作品だと思っていました。
こんなに不思議に見せる方法があるとは、マジで初めて読んだ時は鳥肌立ったぐらいです。
これ読んでからここ2年ぐらいはこっちのやり方でやっていて、原案の方もよく演じていたので、見せた時の反応の違いがよくわかります。
現象的には偶然起こり得ることなのですが、偶然ではありえない不思議な印象を持たせることが可能です。

他にも超不思議なカード当てである”TELEPATHY, X-RAYS, AND TELEKINESIS”、なんか意味わからんけど好きな枚数目にコントロールできる”FINNELLY FOUND”、ずっと後ろ向きで当てちゃう”THE MYSTERY OF CABARA”など、原理と演出がうまくかけあった傑作が多数。

WITH SOME SIMPLE PRIPATATION

ちょっとだけ準備が必要な手順2つ。
カード以外のものは必要ないですし、現象とのバランス考えても楽なセットです。

“A BAD MIND READER AND A GOOD PREMONITION”はこの本に載ってる「心に思っただけ」のカードを当てる方法では一番インパクトあります。
当然演出が冴え渡っているのですが、マルチプルアウトでも度を越したアンラッキーパターンが存在しないというのが強いです。
心を読むという演出であれば、生々しさも大事だったりしますし、マルチプルアウトに関する考え方も非常に勇気が出るものでした。

MNEMONICS AND OTHER STACK

メモライズデックやシステムデックを使ったマジック5種類。
タイトルはネモニカになってますが、メモライズ使うやつは枚数目とカードがパッと出ればなんでもできるやつです。

個人的にはこのパートが一番好みでした。
まあレギュラー即席であんだけできるんだから、覚えてたらそりゃもっとえぐいことできますが、操作的にもかなりすっきりしてるのが嬉しいところです。

“CONTROL IN CHAOS”はタマリッツの”Mnemonica”にも収録されている手順で、タマリッツが書いた解説が載っています。
表裏ぐちゃぐちゃにしてその結果を言い当てるやつで、そんなんメモライズ使わんでもええやんと思うかもしれませんが、観客が混ぜた感が半端ではなく、予言より原理感はなくなり、タマリッツ曰く

まるで宇宙人でも見るかのような目があなたを迎えるでしょう。
それとも崇拝の眼差しか。
あるいは彼らの目は焦点を失ってるかもしれません。

他にも、不可能を上げていきながら3枚のカードを当てる”THE FIVE SENSES”はメモライズの特性がとても活きていますし、5人に配ったカードを言い当てる”TELEPATHY TO ORDER”は少し変わったシステムの使い方をしていてめちゃくちゃ面白いです。
観客にシャッフルしてもらってから引いたカードを複数枚当てる”SUPER TELEPATHY FOR SKEPTICS”の原理はメモライズってこんなこともできんのよって感じで、並び覚えてても絶対無理感あってとても良いです。

どの手順も演技中に頭使いますが、並びが頭に入ってればそこまで負担もなく、何より怪しい動作は全くありません。

DUPLICATE, GIMMICKS, AND SPECIAL CARDS

タイトルの通りのカードを使う7手順。
ここまで順番に読んでれば、ギミック使ったらどんなやべえことができるのかと興奮してるはずで、その期待は裏切りません。
カードを余計に使う面倒くささと後ろめたさを遥かに上回る効果が期待できます。

“MY STAPLE CATDS”はいわゆる「ホッチキスでとめたカード」の変形。
サインカードで行えます。
ここまで来ると当然という気がしますが、余分なカードを使ってても絶対にそうは思われないように構成されていまして、ここまでの現象と違って圧倒的に物理的に不可能的なので、フィニッシュブローにとても良いです。

逆に”CUTTING IT CLOSE”は原理パワーを余分なカードでさらに増幅させていて、最後カードが箱から出てきた時には何がなんやらわからなくなる巧みな心理的サトルティが効いています。
証拠の隠蔽までの詰めも丁寧に解説されるので自身満々で演技できるはずです。

ストーリー的演出が際立ってるのは”THE FATEFUL MONTH”で、「無かったことにしたい1か月を消してしまう」というネガティブな話から始まってマジで消えてワーオみたいな感情の動きが好き。
手法にも動きにも破綻はありません。

TRICK WITH THE TREATED CARD

TREATED CARDは粘着カードのことで、それについても解説があり、手順は4つ入ってます。
いちいち事前にラフスプレーしておかなくても道具さえあればほとんど即興で出来るものもあり、煩わしくなくフェアに示すことができて嬉しいです。

“ASSEMBLED ACEHESION”というエースアセンブリはとってもフェア。
無数にあるエースアセンブリの改案は読めば読むほどレギュラーだけでやるのは無理あるんじゃないかと思わされますが、ここまでクリーンだと現象の良さも際立ちます。
すっと消えて触ってないのに出てくる、この究極系やるには最適な方法じゃないでしょうか。

ほぼ準備要らずで出来る”THE THREE BETS”はフェイズ構成もキマっててフェアで低負担。
レギュラーでもやれんことないですが、ちょっとフェアさは落ちて負担はかなり上がります。

本のトリを飾る”NAME JUMPER”は売りネタのような鬼予言。
カードにサインをしてもらって有り得ない物理現象が起こるオマケ付き。
これがさいごにあるのでやべえ本読んだーという読後感がマックスになります。

全部読むと心理的誘導や観客の意識に刷り込む理論がかなりわかると思います。
手順によって様々ですが、ここでこう使うと良いのかってタイミングは掴めるはず。

個人的には「観客に選択の念押しをする」という件がこの本読んでかなりクリアになりました。
あれって今なら変えていいとか言うと現象起こってから「どっちでもよかったんでしょ」と思われそうですし、そこから逆算されそうで怖いと思ってます。
ただ、適切な演出でそう思わせないことは可能で、より強力に現象を見せる方法にもなり、この本ではそういう効果的な時にのみ使われていて何か掴めたような気がします。

あと手品ってやっぱり難しいなっていう奥の深さを再認識させられ、読む度にずぶずぶ沼に沈んでいく深淵的な何か。

日本語版の本としてのデザイン、岡田さんによる見事すぎる翻訳も素晴らしいものがあります。
手品本としても本として見ても人生オールタイムベスト級の一冊。

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