by jun | 2018/07/10

ドイツの哲学者オイゲン・ヘリゲルが日本に来て弓道と禅を学ぶ様が書かれた本です。
原題は”Zen in the Art of Archery” (弓道における禅)。
スティーブジョブズの愛読書としてもお馴染みですが、なによりデビッドウィリアムソンがこの本を推薦図書として挙げているので紹介します。

The Best Magicians in the World Recommend One Non-Magic Book – Conjuror Community

前に読んだのは1981年の福村出版版で、今回はKindleでも読める角川版を読みました。
角川版の新訳はかなり口語的でわかりやすくすらすら読めるのですが、抽象的な内容だけに昔言葉の方が腑に落ち感とありがたみ感はある気がします。
新訳版は付録として「武士道的な弓道講演録」というヘリゲルが行った講演が収録されてて、本編と合わせて読むとよりわかりやすいです。

別に哲学者が書いた本だからと言って難しい話ではなく、著者と弓道の師匠があーだこーだ言い合う中で禅とはなんぞや悟りとはなんぞやみたいなあたりに気付いていくノンフィクション。
舞台は日本だし禅の心みたいな感覚も馴染み深いですし、読む事自体は難しくありません。
ただ、ヘリゲルは師匠である阿波研造に何度も理屈を説明してくれと頼むのに、阿波研造はとにかく稽古しろみたいな感じで、禅の本質は言葉で説明してどうにかなるもんではなかったりするので、この本だけで悟ったりすることはできません。
だからと言ってこの本に価値がないかというとそんなことはなく、ちゃんと言葉で説明できないことがあるってことがわかるってあたりに面白さがあったりします。

礼に始まり礼に終わるとか、無心になることで最高のパフォーマンスが発揮できるってあたりは現代のスポーツ心理学でも研究されてるのでその辺は汎用性の高いテーマなのですけど、デビッドウィリアムソンがこの本勧めるのはその説明できなさという部分にあるのかなと思いました。
手品ってのは物理的に不可能なことを見せるエンターテイメントであって、もちろん裏から見れば全部理解できるのですけど、お客さんには意味わからんって思ってもらわないといけないわけです。
ヘリゲルと阿波研造の禅問答はまさにそういう意味わからんけどなんか説得力ある話をしていて、その絶妙な胡散臭さも含めて手品っぽくあります。

もちろんこの本は禅のディーリングポジション的なものとしても優れていて、具体的な稽古や目的を通してなんとなくそれが目指すものも見えてきます。

弓道と剣道に当てはまることは、同じ観点から、他のあらゆる道にも言われ得る。
さらなる例を出すと、墨絵において、達人たることは、次の点にある。技術を完璧に身につけた手は、精神が形を取り始める同じ瞬間に描き、頭に浮かんだ物を間髪を容れずに、目に見えるようにする。
絵に描くことは、自然に画くことになる。
そしてここでも、絵師に対する教えは、次のように言っている。「竹を十年の長きにわたり見つめよ。自ら竹になり、それから全てを忘れて描け!」

手品道に関しては観客とのコミュニケーションあってのものなのでそのままは当てはまらんかもしれませんが、自然体であることやその境地に達することにウィリアムソンが影響を受けたかもしれません。
現場じゃないと絶対体験できないことがあるってのも手品道には大事なことです。
精神論というのはこじらせると厄介なことになるもんですが、禅的な考え方は今だと心理学や脳科学で研究されてそうですし、その辺と合わせて読んで突き詰めると自分なりの使い方をできるようになったりするんじゃないでしょうか。

ところで「自ら竹になり」のくだりで思い出したんですけど、ベンジャミンアールのThis is not a boxの中でも禅がどうしたこうしたという話が出てきましたね。
なんか「我々は地球と一体であるから」みたいな文脈だったと思うのですが、英語だし意味不明だしで途中で挫折してしもたのでなんだったかは忘れました。
ただ、最近のベンジャミンアールはメンタル系はあんまりやらなくなって、リアルなマジックを頑張っています。
ベンジャミンアールの考えるリアルなマジックとは何かというのはまたややこしい話なのですが、リアルというよりガチという感じでしょうか。
リアルに見せたいんだからリアルにやれば良いというか、カットしてエース出すよーって言ったらカットしてエース出すし、コインこっちの手に持つよーって言ったら本当に持つみたいな。
いわゆるマジシャン的な技法っぽい動きをなくしていく方向と言いましょうか、お客さんから見てのリアルは本当にリアルで誤魔化す部分をちょっとズラしていたり、ダイレクトに絶対バレないような鬼技法をやっていたり。
そのあたりの自然っぽさ本当らしさが禅的な何かなのかなと思ったりしました。
阿波研造が暗闇の中で弓矢命中させるのなんか完全にそれですし、それを見ていたヘリゲルのリアクションのリアルっぷりも重なります。
いやちゃんと本読めよっていう話なんですが、ベンジャミンアールの一連のレクチャー本は英語のハードルに加えて深淵的な沼まっしぐら感が怖いです。
帰ってこれなくなる沼に飛び込むのも手品道なのでしょうか。

Sponsored Link

タグ:

Comments

No comments yet...

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です