2017年に出たベンジャミンアールの本。
このすぐ後にDVDのReal Ace Cuttingが出ていますが、観客がシャッフルしたデックの中からいかにリアルに4枚のAを出すかという着地点は同じです。
技法の解説についてはDVDの方が充実しています。
このコンセプトに合ったシャッフルやプロダクションが大量に解説されていますし、なんせ解説してるのがベンジャミンアールですからね。世界最高峰のテクニックを映像で学べるんで、それはまあ見た方が良いです。
んで、この本では何の話してるかというと何故ベンジャミンアールがReal Ace Cuttingに至ったのかという事を語っています。
Less is Moreは建築家のミース・ファンデル・ローエという人が掲げた標語で、「少ない方が良い」とか「少ない方が豊か」と訳される事が多く、デザインとか美術の世界で使われるモットーでもあります。
昨今ではミニマリストと言われる人達の合言葉にもなっていて、こんまりさんがとにかくトキメキがないなら物を捨てろと言うあの感じです。
ミニマリストが言うところのLess is More的な概念を知るならNetflixで配信されてる「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」ってリアリティTVが結構おすすめだったりします。
悩んでる人のとこに何かしらの専門家が行って、日常のちょっとしたことを解決したら他のこともどんどんクリアになっていくという「Queer Eye」とかでもやってるNetflixお得意のパターンですが、このフォーマットがLess is More的な精神性とは相性が良く、物を減らすと人の内面にどう影響するのかってのがわかりやすい番組です。
別にこんまりの番組見なくても手品やってれば少ない方が良いというのはなんとなくわかると思いますが、減らした結果見た目以上に何かに影響するというのが肝。
「ときめく」「ときめかない」で取捨選択することによって物の本質が見えたり必要な事がわかったりするというのはそこまでスピった話でもないし、ときめきというぼんやりした言葉でなくても個人に明確な基準がある考え方は自分がどう見られたいかという芸事にも共通してると思います。
「少ない方が良い」と言うとちょっと乱暴で、多くてもその分面白い手品もいっぱいあるわけで、ここではベンジャミンアールの言うリアルを求めるならというぐらいの話です。
そしてリアリティにも色々あって、例えば現実には存在しないゾンビが出てくる映画にはゾンビが出てくる映画なりのリアリティがありますし、手品でもインクの重さが違うとかクイーンが囁くとかオレンジジュースを飲むとパワーアップするとかゴリラになるとか、他の手がかりなしに現象を起こすことで与太話を信じるしかなくなるところに楽しさがあります。
単に演出やプレゼンテーションというだけでなく、その設定で演じるならどういうリアリティが求められ、何をどうすればそれが生まれるのかということを考えないといけません。
この本はベンジャミンアールが何をリアルだと感じ、求めるリアリティのために手順を最適化していくってところに面白さがあり、何をどういう目的で捨てていくのかという過程で納得させられたり考えさせられたりそこはかとない哲学を感じたりします。
星の王子様のサン・テグジュペリが「完璧とは付け加える物がなくなった時ではなく、取り除く物がなくなった状態のことである」というようなことを言っていますが、そこの試行錯誤の手品版をベンジャミンアールが解説してる本です。
一つの目的に向けて一冊通して論じるってのはこの分量ある手品本としては独特で、途中の過程もそれ単体でちゃんと面白いのはさすがなあたりでしょうか。
最初の章はクラシックであるクライストエーセスから始まり、ベンジャミンアール流のバリエーションが解説されます。
クライストエーセスという縛りの中でも自然さやコンセプトについての言及があり、”Henry in Isolation”なんかは4つのパケットに1枚ずつAを戻してまたパケットを重ねるという動きで最大限にAをバラバラにした印象を与える良い手順でした。
ここで既に原案や多くの改案との差と意図が示されるのでかなり読み応えがあり、クライストエーセスの「面白さ」が既に別物になってきてるのがわかります。
第2章は技法編、DVDよりかなり数は少ないですが、逆に身につけておくと良いものばかりとも言えます。
“The Real Optical Shuffle”なんかは本の方が詳しく解説されていますし、かなり綺麗なオーバーハンドのフォールスです。
この章のまとめでは技法についての考え方が書かれていて、基本的なことではありますが、Real Ace Cuttingを軸に考えると何がどういう効果をもたらすのかという事もわかりやすくなってると思います。
4Aを使った手順が色々解説されてる3章は変わったプロダクションを扱ったパートでデックバニッシュなんかもあって普通に楽しいあたりです。
“The Back Room Demo”はスタッキングデモで、シンプルな操作にちょっとしたアレンジを付けてリアリティを出していておもろいです。
やはりトリックよりNote部分の意識すべき点が重要で、現象もReal Ace Cuttingに近付いてきて本質的なところが書かれてます。
第4章ではアセンブリやギャンブリングなどの手順をリアルに見せるための工夫が紹介されています。
“The Resourceful Professional”は色んなデモンストレーションを複合した手順、”Stem Cell”では同じ動きで別の現象おに見せるという試みがありクラシックの心理的な解釈などもされていて、”No-Motion Four Aces”は観客の体験を突き詰めたアセンブリになってます。
この章はコンセプトの作例という趣が強いですが、必要悪的な技法や手品マナーっぽいものが排されてるのも特徴で、手法的に面白いものが多いです。
さて、最終章”Real Ace Citting”です。
まず言えるのは、本の構成が変わってることもあるし手品の本としてはとても異様な読後感を味わう事が出来ます。
最初に読んだ時の事を正直に書くと、まず本を閉じました。
そして目も閉じましたよね。
それからもっかい最初から読みはじめました。
序文でアンディグラッドウィンが興奮しています。
「ベンは僕がシャッフルしたデックからAを出したんだよ!」
読んだ内容を振り返るとたしかにその事について書かれてる本でしたけども、最終章でいきなり核心に迫りすぎというか、言語力の問題もあって抽象的な話についていけず、とにもかくにも初読ではポカンとしてしまいました。
あとまあ読んですぐどうにかなるような話でもないです。
で、結論をわかった上でもう一度読むと、大事なことが書かれてるとこに目がいきます。
根拠が不確かな話もあるので多分にベンジャミンアール補正もありますが、興味深い内容であることは間違いありません。
あとまあその人が書くからこそ説得力と価値があるという話はそれだけで面白いです。
抽象的故に応用範囲は広く、「この本の手順を演じない人も読むべき」というよくある推薦文の言葉が当てはまる一冊で、読めば意識も質も変わります。
良くなるかどうかは経験次第。
頭使って演技することを考えさせるという意味ではとても優れた本です。変わった本ではあるので万人におすすめというのは難しいですが、この読書体験は他に代え難いものがありますし、ハマれば一生のテーマにできます。
少なくともベンジャミンアールはリアルタイムで作品を追っかける意味のあるマジシャンの一人で、彼の作品理解には不可欠な本なのでそういう意味では必読です。
近々新刊が出るようでそちらも楽しみですね。
なんとなく商品説明見ると手堅い感じの内容にも見えますが、尖ってる事を期待しましょう。
話があっちゃこっちゃ飛んでとてもLess is Moreのなんたるかを分かった人間が書いた感想とは思えない感じになりましたが、こちらからは以上です。
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