2017年にVanishing Incから出たAllan Zola Kronzekさんの作品集。
全く知らん人だと思ってましたが東京堂から訳書が出てる『大魔法使いアラカザール マジックの秘密』の著者なのですね。
それも読んでないのであれなんですけども、Artful Deceptionsはカードマジックが8個とビルスイッチが1個解説された本で、手法的には特に新しいことはなくセリフや演出に肝のある作品が揃っています。
Playing with the Jokers
3段階のサンドイッチカード。
ジョーカーが探しに行く、観客の手の中、最後はジョーカー2枚が観客のカードに変わるという流れです。
微妙に負担が高いのですが、そこらへんに演出の筋を通すためのこだわりが見えます。
3フェイズ目の変則オチの演出のために徐々にジョーカーの力を信じさせる構成も堅いですし、ダイレクトな手法をセリフの影で誤魔化せるぐらいには興味を惹く話です。
「ジョーカーどこ行ったの?」のもやもやを残さないためのエンディングも用意されてて丁寧な解説。
The Mirror
超基本的なDo as I Doに小道具と演出を加えたもの。
この人の小道具使いは絵面的には面白いのですが、演出のためだけに存在する道具ってあんま惹かれない感じがあって、その道具だから起こせる現象という方がやる方は楽しいです。
まあそれは演者側の理屈なので観客には関係ないことですけど、そういう考え方の人間にも刺さるほどのものかというとそこまでピンとこないところもあります。
ただ偶然の一致という風に見せるのではなく、演出上の必然として現象が起こるというのは好きです。
True Romance
カップルに演じるのに適したマジックで、レギュラーデックのみで演じることができます。
手法だけ見ると優れた原理にマニアックな技法がくっついていてあれなんですが、カップルに演じるために練られたセリフをくっつけると素敵な感じに。
元の手品をそのままカップルに演じようとしてもなかなか良くならない気がするんで、技法が必要なのもある程度やむなし。まあその技法じゃなきゃいけないかというのはありますけども、ピークで選ばせる方が良い手順なのでその中ではベストなコントロールかと思います。
カップル手品としてはアニバーサリーワルツより広い層に演じられる気がします。2枚が1枚になるって関係性によっては地味に気まずいこともありますし。
さすがにインパクトや見栄えでは劣りますが、レギュラー即興で出来て軽い割に観客が感じる体験は強く、2人だけに演じるというシチュエーションではかなり良いです。
付き合って3カ月ぐらいのカップルにやると喜ばれそう。
Strange Attraction
こっちは3人に演じるのに適した手順。
現象も手法もTrue Romanceと似てるところがありますが、テーブル不要でサクッと終わります。
一方でカードが意思を持つ系の話なので演技的な難易度は高め。
そのおかげで誤魔化せるとこもあって、原理の使い方も賢かったりしますが、複数カードを覚えさせる手順としては魅力に欠けます。
Buried Treasure
ほぼセルフワーキングのCard at Number的な手順。
道具立てが面白いのですけど、活かせてるようで雰囲気だけ感も否めず。
手法は何の問題もなく、ただ数字の枚数分配るという都合にも見える作業のストーリー化って意味では楽しくて良いと思います。
Think of One
観客が自由に思ったカードを当てる手順。
この本の中では一番ストレートに現象の不思議さを見せる手順ですが、絞り込みの中でのセリフや見せ方は巧妙だと思いました。
ただ、同様の原理を使う手品で一番気になる部分の正当化はされていなくてかなり残念。
少なくとも「思っただけのカードを当てる」と言う現象からは大分後退する作業だと思いますし、バッドエンドもある手順なので序盤の原理臭は消しておきたいです。
Texting the Visitor
サインカードで行うビジターで、サインとして書く内容に意味を持たせる演出です。
話は今風なんですが、細かい事を言うとメッセージ送ったり送られたりが移動現象というのはちょっと合わない気がします。
ハンドリングは最初に挟むとこがちょっと変わってて、最後のスプレッドするところにも一工夫あり。
Destiny, Chance and Free Will
ロベルトジョビーの”The Lucky Coin”の改案。
元ネタになんの不満もなかったので特になんということもなく。
この手順だとラッキー感はやや弱い気もします。
他の作品見てると例の部分にそんな気を使うこともないようなこともないと思いますし、狙い所がちょっと不明でした。
Hypnotizing Ben
ビルスイッチの手順。
セリフと体の動きが丁寧に解説されております。
Vanishing Incの本てセリフんとこのフォントがぐにゃぐにゃしすぎてて読みにくいからこういう本の時だけでもどうにかしてほしいと思いました。
全体的に手法自体はクラシックなものですし、演出は書いてても演じ方は書いてないので読者層が謎な本ではあります。
この作品数で30ドルのハードカバー本にするならもう少しマニア向けのコラムとかが欲しかった感じです。
いくつか観客に演じてる動画でもあれば演出パワーを知れたでしょうし、ベテランならではの経験談を通した演技論などあればもっと面白くなったと思います。
大筋としての受けるための演出については間違いないと思うのですが、動機付けの部分についてはやや弱い部分もあったり、そのあたりの塩梅や使用する技法についてとか好みの分かれる部分でなんぼでも語れることありそうです。
というわけでなかなか人にお勧めし辛い本だったりしますが、トリックではなく演出のレパートリーを増やしたいとか、良い手品なのに受けないとか、みんながやってる手品をちょっと違うように見せたいという人は読んでみるといいかもしれません。
物理的には同じことが起こってるのに演出次第で観客の感じ方が変わるというのは読みとれると思います。
ここの技法変えましたとか、名作と名作を組み合わせて2倍の名作ができましたみたいなものよりちゃんとした改案になってるし、こういう本が増えすぎても困りますがたまにはという感じです。
Comments
No comments yet...