by jun | 2019/08/25

2019年のマジックマーケットで発売された本で、マジックを中心にエンターテインメントとは何かということを論じた研究本です。著者は久米克弥さん、今年発売されたのは2018年に発表したものに加筆された増補版で全80ページあります。
コミックマーケットでは2次創作以外でも評論本の類が結構出るんですが、マジックマーケットではこの手の本は珍しかったので買ってみました。


内容はサブタイトルにもあるようにマジックを他のエンタメと比較して、マジックだからこそ提供できるものは何か、他ジャンルのエンタメ要素をマジックに取り入れられるかという話です。
結論自体は当たり前のことだったり既にマジック側からの角度で語られてる事ではあるのですが、この話をするにあたってエンターテインメントとはそもそも何なのかという定義のところに大半のページが割かれていて、読んだ人のマジックにおけるエンターテインメント観を言語学的に補強するような内容です。
そこで気になってくるのが「マジックがエンターテインメントである」という前提の部分になるわけですけど、辞書には「娯楽/演芸」という広い意味も載ってるし、もう少し幅を狭めた定義の話にも「観客とコミュニケーションを積極的にとり、笑顔をふりまくもののみがエンターテインメントではない」という視点が入っててバランスは良く、この先続く話でもアートや自己表現というのもエンターテインメントと両立し得る事は確認できると思います。
人が人を楽しませるエンターテインメントがどういう流れで観客に届くのかという考察からエンタメを定義付けてるので、他のジャンルではこうという話に繋がるのもわかりやすいです。

比較されてるのは映画とビデオゲームと音楽の3つで、ここの守備範囲の狭さは著者も指摘されていますが、メジャーでエンターテインメントの例としてはわかりやすくてもどれもごつい市場向けにパッケージされたもので、この後マジックへ応用できる要素があるかって話に繋がるので一つぐらいマジックと同じライブ芸との比較があってもよかったかなとは思います。
全く別のエンタメだからこそ他ジャンルが持つ特性をマジックにどう活かすかという話は興味深く読めるのはあって、完成度の高い手順の中で無意識に実践してる人も多いでしょうし、マジックの本で理論的に語られることでもあるのですが、エンターテインメントが持つ構造という大きな視点で見ると理解も深まるはずです。
他のエンタメも優れたマジックも色んな要素が組み合わさってるのでそこだけ意識すれば良い物が出来るという話ではないものの、逆に要素は揃っててもつまらないのは何故かという方向に話は広げられますし、別に無理に応用しようとしなくても他のジャンルがどういう感じでエンターテインメントたり得てるのかという視点での鑑賞スタイルは養われどんどんめんどくさい人間になれます。

マジックとは何かという話をする本ではないってことですが、トリックとマジックを分けての分析なのでそこは特に引っかからなかったです。
とはいえ例で挙げられるマジックがFISM的なものばかりで、大きい話をする本だからこそ身近で小さいマジックの話でも広げて欲しかった感じはあります。
他のジャンルと対比してあの演技はこういう要素があるから良いってところの分析が面白かったんで、その演技見てなくても本読んだだけでパッとわかる事例の紹介もあるとよかったなと。
じゃああれはどうなんだと突っ込んだり例外を探したりして更に汎用性の高い一般化を考えるのも楽しみではあるのですけども。

増補部分ではエンターテインメントの肝である「楽しむ」「満足」という言葉について考察されています。
ここまでくるといよいよ言葉の定義より個人の主観によって影響される部分が大きくなってきますが、満足に関してはコンテンツの構造としてのミクロな話がメインで、マジックは他のジャンルと比べると規模は小さくても手っ取り早くこの仕組みを作れることが確認できたりしました。
他のエンタメと競合するなら死ぬほどお金かかってるメジャージャンルとの差別化を図る必要がありますし、ここら辺の話は手品でしか味わえない何かを考えるのに役立つかもしれません。
全体的には手品が解説されてるわけでもないし直接何かに活用するのが難しい話で研究としても決定版的なものでもないので、読んだからと言ってすぐどうという本ではないです。
でも限られたページの中で本質に迫ろうとしてる文章で知ってて損なことはないし、頭に内容入って色々考えながら読んだ2周目はかなり面白く読みました。
「マジック以外のものから学びなさい」というのは多くのマジシャンが言ってることで、そういう時のサブテキストとして有用かと思います。
ジョシュアジェイがよくそういうことを言っていて「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」という本を勧めているのですが、メディアが違いすぎて何を参考にすればいいのかぼんやりするんで、例えば構造の話とかに絞って読むと納得できるところも増えるんじゃないでしょうか。
個人的にはこういう本はもっと増えて欲しくて、単純に珍しい切り口というのが良いし、何がどう役立つのかというのも掘ってみないとわからないもんです。
そのぐらいの立ち位置のことってめんどくさいし率先してやる人少ないと思うんで支持したいっすね。

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